第226回短編小説新人賞 総評

編集A 今回は、「タイトルのつけ方」について話し合っていきたいと思います。短編小説新人賞においては、「タイトルが下手」という理由で受賞を逃すということはないのですが、それでも作品にとって大切なところではありますからね。

編集B タイトルを見て、読む読まないを決める読者もけっこういると思います。非常に重要です。

編集A 今回の受賞作、『銀河鉄道の夜を読んで』は、タイトルそのものはオーソドックスですね。すごく心惹かれるというわけではないけど、別段悪くもないといったところです。ただ、内容を読んだ後で振り返ってみると、正直ちょっと難があると感じました。

青木 肝心の『銀河鉄道の夜』が、作中にあまり登場してこないですね。少なくとも、重要なアイテムとしてすごく印象的に使われていたとは言いにくいです。『銀河鉄道の夜』がいつ素敵に話に絡んでくるのかと待ち構えていたのですが、ちょっと肩透かしな感じでした。

編集A 『論語』や『ごんぎつね』の方が、よほど印象に残りました。

編集C 本作のタイトルは、宮園君の書いた読書感想文のタイトルをそのまま持ってきたものですよね。

編集D ラストでこの読書感想文のタイトルが出てきたときには、「なるほど、これか」とは思うのですが、でもこの感想文は、この作品の芯となるアイテムではないです。作中でほぼ取り扱われていない。

青木 主人公が宮園君の読書感想文に感銘を受けて、嫌いだった『銀河鉄道の夜』を改めて読み直すとかなら、まだわからないでもないのですが、そういう展開でもなかったですね。

編集B それに、その場合のタイトルは、正確には『銀河鉄道の夜を読んでを読んで』となりますね。

青木 そのタイトルは逆に面白いかもしれないですね。「どういうこと?」って気になりますから。あるいは、作品内の大きな要素を取り出して、組み合わせてみるのもいいと思います。『論語に白球を追う』でも『図書委員をかっ飛ばせ!』でも何でもいいので、野球好きの伊東君と読書好きの宮園君というものを、タイトルの中でうまく絡ませてみてはと思います。

編集D 内容を端的に表すなら、もう『伊東と宮園』でもいいかもしれない。何にせよ、現在のタイトルでは、作品内容の良さを活かしきれていないと感じます。

編集A あまりに有名な作品のタイトルをそのまま持ってきているところも、やや引っかかりますよね。

青木 『銀河鉄道の夜』と聞いただけで、読者の脳裏にはイメージが広がりますよね。それほどの強い力を持ったものを拝借してしまうというのは、ちょっとどうかなと思います。それに、宮沢賢治の作品を作中に持ち込むのであれば、宮沢作品の素晴らしさにもう少し言及があってもいいのではという気がします。せっかく、読書家の宮園君も登場しているのですから。

編集A アイテムとして使う以上は、最大限効果的に使えるよう、活かし方をもっと考えてほしかったですね。

編集E 私は個人的には、このタイトルは嫌いではないです。『銀河鉄道の夜』という作品から喚起されるエモさと、この作品を読んでいた学生時代の思い出とが相まって、甘い懐かしさを味わえる。ただ、それもこれも、「銀河鉄道」という言葉のかっこよさによるものが大きいと感じます。素敵なタイトルにしたいという書き手の気持ちはすごく分かるのですが、大事な自分のオリジナル作品のタイトルなのですから、もうちょっとじっくり考えてつけてみるのもひとつの手かなと思います。

編集D 『ターミナル・ダイブ』も、タイトルと作品内容が合致しているとは言い難かったですね。

編集B 「ターミナル」で「ダイブ」。話の内容が、想像しにくいです。

編集A 私は、ハリウッドのアクション映画みたいな話かと思いました。

編集E 私は、駅で飛び降り自殺する人の話なのかなと思いました。読んでみたら、全然違った。

編集B カタカナオンリーのタイトルから想起されるものと、実際の作品世界とが、まったく合致していないですよね。作品の舞台は、カエルの声と川のせせらぎが聞こえる田舎町でした。

編集A これもまた、かっこいいタイトルにしたかったのかなと思いますが、かえって損をしている気がする。タイトルから期待される世界観と、実際の作品の世界観が食い違うと、読者はどうしても違和感を覚えたり、がっかりしてしまいます。

編集B タイトルと作品のイメージがリンクするかどうかは、重要ですよね。この話の中には、「ターミナル」も「ダイブ」も出てこない。もっと適切なキーワードが作中にあったのではという気がします。

編集E 冒頭には、電車のシーンが出てきますよね。だから、「駅」と関連して「ターミナル」なのかなと思いながら読み始めたのですが、電車の場面は最初だけで、ストーリーには関係なかった。また、終盤でタニシ(の幽霊?)が川に飛び込んでいますから、確かに「ダイブ」はしているのですが、でもこれも、話の本筋には全く関係ないですよね。タニシの姿は、空気にすうっと消えていってもかまわなかったはずですから。

編集B 作者がどうしてこの話に「ターミナル・ダイブ」というタイトルをつけたのか、その真意はよくわからないです。大変申し訳ないのですが、例えば一カ月後に「ターミナル・ダイブ」というタイトルを目にしたとき、話の内容を思い出せない気がする。「ダイブする話? どんなストーリーだったっけ?」となってしまいそうです。作品自体は切ない青春物語になっていたのに、もったいないなと感じます。

編集E 『世界一サイダーが美味い夏』も、話の本筋とタイトルが、あまり関係なかったですね。

編集B これも、一カ月後に思い出せるかと問われたら、自信がないです。

編集E タイトルそのものはとても素敵なのですが、「サイダーの話? そんなの読んだかな?」となってしまいそう。

編集F きらきらした青春ものを想像してしまいますよね。でも、蓋を開けてみたら、ラケットおじいさんと唐揚げの話でした。

編集D そして、就活の話。

編集E そうでしたね。でもその要素も、現状では記憶に残りにくい。とにかく、唐揚げとラケットの印象が強すぎて。

青木 やはりタイトルは、内容と密接に絡んだものにしたほうがいいと思いますね。

編集D 今回の最終候補作の中で、タイトルだけを見て一番読んでみたいと思ったのは、この『世界一サイダーが美味い夏』です。「世界一ってどういうことなんだろう?」「何がそんなにすごいんだろう?」と興味を引かれました。ただ、実際に読んでみた内容は、期待したイメージとは違った。「世界一」という言葉を納得させられる話にもなっていなかったです。

青木 あまり強いタイトルにしてしまうと、内容が追いついていない場合に、かえって評価が下がってしまいかねない。そのあたりも注意が必要ですね。

編集A いっそのこと、『唐揚げテニス』にしてみてはどうでしょう? それなら、「ああ、あの話!」って思いだせる自信があります。

青木 それはいいかもですね。就活の話から始まるので、「え? 唐揚げの話では?」と興味を引かれながら読み進み、最後で「なるほど!」と腑に落ちる。面白いとは思いますけどうーん、作者はもう少し、素敵感のあるタイトルが好みかもしれない。

編集E 『編み拭う日々』は、作品内容にちゃんと沿っているタイトルでしたね。

編集B おとなしめのタイトルではありますが、丁寧で繊細な作品のテンションとも合致していました。

編集A そして、「編み拭う」というのは、字を見れば理解できるけど、耳で「あみぬぐう」と聞いたとき、ちょっと「ん?」って引っかかりますよね。いい意味で引っかかる。「何だろう?」と興味を持てます。

編集B 組み合わせの妙ですよね。

編集E それに、『編み拭う日々』は、タイトルに含まれた「掃除と編み物」という大きな要素が、話の軸として最後までしっかり貫かれています。『ターミナル・ダイブ』や『世界一サイダーが美味い夏』は、冒頭部分はかろうじてタイトルに沿っているのですが、話が進むとどんどん離れていってしまう。もしかしたら、最初にタイトルを決めてから書き始めたのかもしれないですね。でも、作者が書きたかった話と、実際に書き上がった話は、必ずしも一致しないです。書き上げたらちょっと時間をおいて、丁寧に何度も読み返してみてほしい。タイトルはその後で考えても、遅くはないです。

編集B そういう作業も全部ひっくるめて、「推敲」と考えてほしいです。

編集A 自分の書いた物語を短いワードに凝縮するには、その作品の本質を、作者が客観的に把握している必要があります。ポイントを外したタイトルがつけられていたら、「この作者は、自分の書いた話のどこが重要かを、自分で理解していないのかな」と思われかねない。

青木 この短編小説新人賞は、規定枚数が30枚ほど。書き上げた後に読み返して、どういうタイトルがふさわしいか考える訓練をするのに、程よい枚数かと思います。とにかくまずは、作品のテーマや内容にかかわる語句を抜き出す。それらを組み合わせたり、似通った言葉に置き換えられないか考えてみる。また、「読まなくても分かってしまう」ような、内容を説明しすぎるタイトルにするのも避けたほうがいいと思います。あまり注文をつけ過ぎても難しくなりますので、まずはそういうあたりを意識することから始めてみてください。

編集A 書き上げた作品を隅々までじっくり読み込んで、自分の作品の一番の理解者になってあげてほしいなと思います。