2023年度年間最優秀賞 選評

『あの有馬記念』(第224回入選)

編集A 話がどんどんひっくり返っていく感じが、とても面白かったです。

編集D 一人称で語る主人公の「ぼく」がけっこうなクズ男なのですが、そのクズっぷりの解像度が高くて良かったと思います。

青木 付き合っている彼女の亜弥ちゃんも可愛かったですよね。目を輝かせて、新しいことにどんどん挑戦していく姿には好感を持てました。

編集A 応援したくなる感じですよね。

編集B でも、その成長ぶりが面白くない主人公は、いけ好かない態度で水を差す。

編集D 結果、ふられちゃうんですよね。見事に「ざまあ」な展開になるのですが、読後感は悪くない。

編集A 主人公は最後には、自分の器の小ささをちゃんと自覚して、苦い結末を噛み締めていますよね。クズ男なんだけど、嫌いになれなかった。

青木 ちゃんと小説になっていましたよね。ラストの5行がちょっと蛇足だったのですが、味わい深い作品に仕上がっていたと思います。

『水蜜桃の朝』(第225回入選)

編集A みずみずしい感性で書かれた作品でした。醸し出される雰囲気に透明感があって、美しかったですね。

青木 「水蜜桃」というアイテムが、きれいなんだけど微妙に生々しさもあって、すごくよかったと思います。

編集F ビジュアル先行になりがちな書き手さんという印象を受けましたが、そのビジュアル自体はとても魅力的でした。ただ、ちょっと説明不足というか、わかりにくいところもありましたね。

編集H 「隣の部屋のエリちゃん」は、実は主人公の知るエリちゃんとは別人だというのが真相だったようですが、そこを読み取れた人は少なかったですね。

青木 もうほんのわずかでいいから、描写の匙加減を工夫した方がいいようですね。でも、本物ではないエリちゃんを心から慕って、一生懸命世話を焼いている主人公の姿には、キュンと来るものを感じました。純粋で愛おしいですよね。

編集F 作者は、女の子同士の関係性を描くことが好きなのかなと思います。そこは特性であり、武器でもありますので、これからも大切にしていってほしいなと思います。

『銀河鉄道の夜を読んで』(第226回入選)

編集H とても雰囲気の良い作品でした。かわいくて、青春感があって。

編集A メインキャラの二人の男の子の関係性も、とてもよかったです。

編集F 正反対のタイプなのに、妙に話が通じて、最初からいい感じでしたよね。「なんだか気が合う」というこの男の子コンビに、好感を抱いた読者はかなり多いだろうなと思います。

編集G 主人公が『ごんぎつね』の感想文を毎年使い回しているというエピソードは、思い出すと今でも笑っちゃいます。語り口にユーモアがあって、すごく楽しめました。

編集A 文章力も高かったと思います。むしろ高すぎて、野球バカな主人公の語りとしては若干違和感が出てしまっていました。

青木 タイトルにもなっている『銀河鉄道の夜』というアイテムが、あまり活かされていなかったのもちょっと残念でしたね。でも、爽やかで心に残る作品に仕上がっていて、とても良かったと思います。

『プロポーズは三度目に』(第227回入選)

編集A 受賞時の選評でも絶賛された作品ですね。

編集H 大きな事件は何も起こらなくて、でも引き込まれてぐいぐい読まされて、最後はハッピーエンド。読み終えたとき、温かい気持ちで満たされるようなお話です。こんな作品、なかなかないと思う。私は大好きです。

編集G 女性側が「プロポーズするぞ!」と頑張るというのが、良かったですね。主人公の好感度は抜群に高かったと思います。ストーリー的にはともすれば読者の反感を買いそうなキャラクターを、さらっと書けている。非常にうまいなと思います。

青木 どんでん返しのような企みはないのですが、そういう企みを使わなくても読者を引き込む話を書ける方ですよね。じゅうぶんにスキルはあると思います。

編集A 短編だとどうしても、暗い重いテーマやホラーといった題材のほうが書きやすいから、投稿作もそういうものが多くなりがちなのですが、見事ハッピーエンドでまとめてくれましたね。

編集G 主人公が幸せになる明るい話を短編で書けるというのは、得難い才能だと思います。

編集E 一見、かわいいだけのお話のように見えるかもしれませんが、実は文章力や描写力も非常に優れていると思います。「カーディガンに残ったハンガーの跡」を見て恋を自覚したというエピソードは、とても印象的でした。「好き」という言葉を使わずに、「好き」という気持ちを表現できていて素晴らしいです。

青木 今回もまた、大絶賛でしたね(笑)。私も大好きです。この作者の作品をぜひまた読みたい、そう思わせてくれる素敵な作品でした。

『浅ましき化け物』(第228回入選)

編集F 独特の世界観が、とても魅力的ですよね。この作者にしか書けない世界というものがあるなと感じさせてくれました。

青木 話に引きずり込まれて、夢中で読みました。とても面白かったです。

編集A 非常に企みのある話でしたね。読者を驚かせよう、楽しませようという意欲がすごく感じられて、頼もしいです。

青木 しかも、単に「驚かせてやろう」というだけではなく、その企みの中に雰囲気を乗せて描くことができている。「人魚」というアイテムを使ったギミックが、短編の中でちゃんとまとまっていました。

編集D 時代設定がわからないとか、展開に疑問点があるとか、引っかかる点は色々あったのですが、それを補って余りある雰囲気がありましたね。人魚が人を食らう場面の描写なんて、だらだら書いてないのに、すごく凄惨で生々しい。

青木 ラストを、「ほんの好奇心、だったのだ」でスパッと終わらせているのも効果的でした。全部読み終わってタイトルに戻ると、また別の意味が立ち上がってくるというのもよかった。非常にセンスの良い書き手だなと思います。

『祭りの夜に』(第229回入選)

編集A 細かいところで気になる点はいくつもあるのですが、それでも一気に読まされますよね。

青木 雰囲気のある話を書くのが非常にうまい書き手ですね。不穏さの醸し方がとにかく巧みで、読者は「何かが起こるぞ」とゾクゾクしながら、知らぬ間に話に引き込まれていきます。

編集B 友人の滝山が主人公を道連れにしようとしていた、というところが、私はすごく胸に刺さりました。

青木 わかります。この展開はいいですよね。

編集B いつもは気のいい男なのに、なぜだか不機嫌そうにしているんです。黄泉戸喫(よもつへぐい)をぐいぐい勧めてくるけど、本心ではないような気もする。

編集E 滝山の中には、いったいどんな思いがあったのか。すごく気になるのですが、書かれていない。だからつい、こちらもあれこれ想像してしまいます。

編集A 読者にそうさせるだけの力が、この作品にはあるということですね。

編集E ラストで、「一緒に帰ろう」と主人公が誘うと、悲しそうに首を振って断るんですよね。

編集A ここではじめて主人公は、滝山の眼鏡のレンズが割れているのに気づく。

編集F 滝山はもう戻れない。それを知って、読者も切ないですよね。こういうあたりの描き方も、すごく上手いなと思います。

青木 以前も最終選考に残られた方ですが、そのときの作品に比べると、格段に成長していると思います。このまま、自分の書きたいものをどんどん書き続けていってほしいですね。