胡家の双子の意見が分れた日

胡家の承恩と承慈は、双子である。
見た目もそっくりなら、そっくりであることを嫌ったこともない。
興京の北大路に旧時代から続く茶問屋の四男と五男に生まれ、祖父母には大層可愛がられた。
双子も、祖父母を心から愛した。無関心な両親よりも、意地の悪い兄たちよりも、ずっと。
三人の兄たちは、よく人に愛される双子を嫌った。その攻撃からかばってくれたのはいつでも祖父母であった。
祖父母の死後、意地の悪い三人の兄たちからの、つまらない嫌がらせはひどくなった。祖父母の愛を独り占めしていた双子を、彼らはうとましく思っていたらしい。
双子は、兄から受ける理不尽な攻撃に、励まし合いながら耐えた。祖父母が亡くなってからは、互いを守れるのは互いしかいない。
父母は無関心で、「あの子も苦労しているから」「店を背負うのは重圧なんだ」と兄を咎めることさえしない。
味方はお互いだけ。家族はお互いだけ。
いつでも一緒。そうすれば、互いを守れるから。
どこでも一緒。そうすれば、いつでも逃げられるから。
どちらかが標的にならぬよう、いつでも同じ髪型、同じ服装でいた。
困ったことはない。好きなものは同じで、嫌いなものも同じだったのだから。
兄たちと折り合いが悪くいも同じなら、成績もほぼ横並び。好物も同じなら、苦手なものもほぼ同じ。大抵の場合、意見も同じ。草本茶は回草が入っていなければはじまらないし、花餅は小豆餡が至高だ。ただ――
「かわいい」
「綺麗だ」
ある人物の評だけは、大きく意見が食い違った。
――双子は今、怪談寺と噂される億葉寺に住んでいる。
家にいては、兄たちの下働きで人生が終わってしまう。いびられ、なじられ、食事もろくにあたえられない暮らしはうんざりだ。
双子の心は、幼い頃から決まっていた。公務員任採試験を受け、公務員として独立する。
そうして、二人で、隣あった邸で暮らすのだ。
夢に向かって、彼らは一歩も二歩も進んでいた。
目標どおり、高等学校で毎年特待生に選ばれ、公務員任採試験も突破した。
晴れて星暦省の研修生となり、観測所の下にある松露寮で暮らし始めた。学問の日々は楽ではないが、未来へ続く道と信じればこそ楽しめる。
そんな二人の前に、ある人が現れた。
観測所の所長の秘書だという、女学生だ。
松露寮に住んでいて、いつも女学生らしい短袴姿で動き回っている。
とにかく、よく働く。北大路の古書肆の養女だそうで、双子も噂は聞いたことがある。愛想がよく、賢く、よく働く、看板娘だとか。
どういうわけか、その古書肆の娘――養女らしいが――が、怪談寺にいて、くるくるとよく動き、秘書の仕事とは関係ない仕事までこなしていた。
大きな薬種問屋との縁談が反故になったとも聞いたが、詳しい経緯は知らない。今時の女学生のことだから、第五夫人だか、第六夫人だかになれと言われて、うなずけなかったのかもしれない。看板娘という評判も、それきり聞かなくなった。
なるほど、女学校に入った生意気な娘という評価が、世間によってくだされたに違いない。
ただ、人の性質というのは簡単に変わるものでもないらしく、怪談寺にいる孫莉々という娘は、本当によく働く。
「納屋の雨漏りがひどいから、屋根に上がって見てみる」
「莉々、危ないからよしなよ」
庭で、星暦省の松露寮の実質的な主の王大嫂と話しているのが、当の孫莉々だ。
雨漏りがするといっては屋根に上り、床に穴があいたといえば修繕する。庭に畑を作り、手が空いていれば帳簿づけも手伝っているらしい。
とにかく、よく働く。
いつも明るい笑顔で、誰とでも親しくなる天才だ。
「わかった。じゃあ、今度、友達の知り合いに瓦職人がいるから、話聞いてみる。安全に屋根に上る方法も教えてもらうから」
「危ないことはするんじゃないよ?」
「はぁい」
明るく返事をして、莉々は王大嫂と別れ、井戸の方に向かっていった。
きっと、自分の畑に水をまくのだろう。
それを、渡り廊下で二人並んで見ていた双子は、お互いの顔を見た。
「綺麗? 綺麗っていうか、かわいいだろ。小動物みたいで」
「小動物? そんなことない。もっと……綺麗だ」
「いや、かわいいよ」
「綺麗だって」
いつも、いつも、どんな時も、二人の意見は揃っていた。
二人はお互いを、信じられない、という表情で見て、首を傾げる。
「かわいいって」
「綺麗だって」
同時に言って、今度は反対側に首を傾げる。
おかしい。こんな単純なことで、意見が割れるとは信じられない。
二人は難しい顔をしたまま、庭の方を見る。
水の入った桶を抱えて、莉々が畑に向かっていくところだ。
手伝おう、としたのは、二人とも同時で、肩がぶつかった。
「邪魔だ」
「邪魔するな」
お互いを牽制し、むっと唇を尖らせたまま渡り廊下から庭に出ようとして――
「「あ」」
と揃って小さく声を上げ、足を止めた。
莉々の手から、ひょいと桶を奪ったのは、双子ではなかった。
ひょろりと背の高い、やけに髪の色が明るい、悔しいが美男子である。
今時珍しい古風な出で立ちは、今時のカタマリのような女学生と並ぶと、いっそう年寄じみて見えた。彼は、范志偉。観測所の所長で、双子の上司で、この怪談寺の住職でもあった。
「持つよ。重いでしょ」
「平気ですよ、このくらい。あ、じゃあ、私、もう一杯汲んできます」
「はいはい、こっちは撒いておくよ」
「助かります!」
莉々は笑顔でぺこりと会釈をすると、また井戸の方に走っていった。
志偉は、のんびりと畑に水を撒き出し、足元にいた黒猫は、水を嫌って逃げていく。
井戸から戻ってくる莉々は、急ぐ必要もないのに急いでいて、上気した頬には笑みが浮かんでいる。――まるで、恋する乙女のように。
かわいい、と承恩は思ったし、綺麗だ、と承慈は思った。
ただ、笑みを向ける相手は、自分たちではなかったが。
「「勝ち目ないなぁ」」
双子は揃って、同じことを言った。
意見は、揃っている。公か不幸か。
お互いを見て、肩を叩きあい、
「「勉強するかぁ」」
やはり揃って同じことを言ったのだった。
【おわり】