アオの推し活


 アオはうきうきとした気分で、その大きな本屋を見上げた。
 歴史を感じる(あか)(れん)()造りの三階建ての建物は、内包する書物の重みを体現するようにどっしりとしていて、なにやら(した)わしさすら感じてしまう。胸の前で両手でしっかりと抱えているのは、『薔薇(ばら)騎士物語』の第一巻初版本である。
 今日はここで、アオにとって神とも言える『薔薇騎士物語』の著者マダラメ氏のサイン会が行われるのだ。
 ヒマワリにもらったチラシを、もう一度よくよく確認する。今日の午後二時、場所はこのハナブサ書店。現在の時刻は午前十時。開始まであと四時間はあるが、大人気作家のサイン会ともなれば行列は必至だ。今から並んでも遅いくらいかもしれないと思ったが、見たところ入口に列はできていない。
 アオは勢い込んで、入口の扉を押し開いた。
 期待に気持ちを浮き立たせながらも、しかしそれがうっかり表面に出てこないようにつまり、いつものように身体が振動してしまわないように注意を払った。こんな人目のある場所でガタガタと揺れるなど、おかしな注目を集めてしまう。外出時にはなにより、人間らしく振舞うことを心がけている。
 店内には蓄積された紙の匂いが充満していた。店は奥行きの長い構造で、広い通路が中央を貫くように伸びており、その左右にはびっしりと本棚が連なっている。通路の上は吹き抜けになっていて、最上階の天井に()めこまれた美しい装飾窓から柔らかな光が降り注ぎ、居並ぶ本を照らし出していた。数人の客が思い思いに商品を物色しているが、騒がしさとは無縁で、密やかな足音だけが響く。
 カウンターの向こうでは、どかりと椅子に座った店主が眼鏡を額に上げて、分厚い本を片手に読書にふけっていた。
「すみません」
 アオが声をかけると、店主がちらりと視線を上げた。
「今日のサイン会に参加したいのですが、どちらで待てばよいでしょうか?」
 店主はああ、と眼鏡をかけ直す。
「二階の特設スペースでやる予定だけど、まだ時間には早いよ」
「いいんです、待ってます!」
 店主にぺこりと頭を下げて、中央の螺旋(らせん)階段をいそいそと上がった。
 二階の奥まった場所に、机と椅子がぽつんと用意されているのを見つけた。ここがサイン会の会場と思われたが、まだ誰も来ていないようである。一番乗りであったことにほっとして、アオはマダラメ氏に会えたらなんと声をかけようかと真剣に考え始めた。
(あまり長々と感想をお伝えするのは、この場ではきっと不適当でしょう。ともかくお身体に気をつけて、これからもどうか素晴らしい作品を生み出していただきたいということを
 ふと、近くの書棚に視線が吸い寄せられた。
 そこには『薔薇騎士物語』が山積みにされた特設コーナーが作られており、壁には一枚の絵が飾られていた。
 灰色の塔を背景にして、凛々しい青年と麗しい姫君が(たたず)んでいる。青年が手にした薔薇の花を差し出しており、姫君が隠し持っていた短剣を思わず取り落とそうとしていた。
アオは思わず見入った。
(これはこれは『薔薇騎士物語』第四巻を描いた絵では⁉ トリスタン王子を殺さなくては国を救えないという()(じゅう)の決断を迫られたアデライード姫が、彼の暗殺を試みるも、ついに己の心に嘘をつけずに彼の想いを受け入れる、あの屈指の名場面!)
 『薔薇騎士物語』に公式の挿絵は存在しない。しかし目の前に描かれた世界観は、まさにこの作品を完璧に体現するものであった。
 一体、誰が描いたのだろうか。ぜひとも店主に問いたださなくてはならない。
 急いで一階へと戻ろうとしたアオは、突然誰かに腕を掴まれた。
「あの、すみません!」
 アオは瞬時に身構えた。
 相手は小柄な男だった。もじゃもじゃの髪は何日も(くし)を入れていなさそうで、十年は着倒していそうなよれよれの服に猫背気味の姿勢が、彼をひどく(ひん)(そう)に見せている。アオを捕らえた手は細く、指先が妙に黒ずんでいるのが妙だった。
 しかし長い前髪の間から覗く目は、驚くほど輝きに満ちていた。ひどく高揚した顔でアオを見上げている。
 あらゆる角度から(かんが)みて、敵意はなさそうだった。けれど安心はできない。ヒマワリと、そしてアオやクロを取り巻く今の状況は、どんな不測の事態が起きるかわからないのだから。
「お願いです! 僕の、モデルになってください!」
 男の懇願する声が、店中に響き渡る。
 アオは首を傾げた。
「???」
ぎゅっとアオの手を両手で握りこんで、男は身を乗り出す。
「僕、画家をしているヨシノといいます。是非、僕にあなたの絵を描かせてほしいんです!」
「俺の絵?」
「はい! 一目見て、これだと思いました! あなたのその()()()()()()()姿()()、是非この手で描いてみたいんです!」
 アオは衝撃を受け、ガシャンと動きを止めた。
「ひ、人とは、思えない?」
「ええ、人間離れした何かを感じる、神秘的なその佇まい! こんな人に出会ったのは初めてです!」
 アオは思わず、カタカタと震え出す。
(なんということでしょう! これ以上なく人間らしく振舞っていたつもりですが、それはうぬぼれだったのでしょうか? そんなにも、俺の様子は(じょう)()(いっ)していたということですか⁉)
 もしそうであれば大問題だ。認識を改め、急ぎ改善しなくてはならない。
 なにより、もうすぐ憧れの作家マダラメ氏に対面するのだ。どんな()(そう)があってもならなかった。
(しかし、一体どうすれば何が、何がいけないのか
 がたがたと大きく揺れそうになるのを、必死に抑え込む。
「あの、僕、怪しい者ではありません。すぐそこにアトリエがあって、この本屋の店主とも知り合いですので、確認していただければ身元は保証してもらえます。ああそうだ、この絵も僕が描いたんですよ」
 そう言って彼は、先ほどの絵を指した。
「!!! こ、この絵をあなたが⁉」
「はい。『薔薇騎士物語』という小説のファンアートなんですけど」
 アオは握られた手を、逆に強く握り返した。
ありがとうございます!」
「えっ」
「完全なる解釈一致! 全薔薇騎士ファン納得の世界観! トリスタン王子の少し憂いのある表情も、アデライード姫の芯の強さも、すべてがあるべき形で表現されています!」
 彼の表情がぱっと明るくなる。
「あなたもお好きなんですか? 『薔薇騎士物語』」
「ええ、初期からずっと追いかけております! あの、こちらの絵は販売されていないのでしょうか? もしよろしければ、ぜひとも買い取らせていただきたいのですが!」
「ああこれはすでに本屋のほうで買い取っていただいたもので、非売品扱いになっているんですよ。でも似たようなものでしたら、いくつか手元にあります。よろしければお譲りしますが」
「! いいい、いいんですか!」
「はい。その代わりにといってはなんですが、モデルの件を是非お引き受けいただけませんか? 少しデッサンをさせていただくだけでいいんです。お時間は取らせませんので」
 壁にかけられた時計を確認する。まだ十時過ぎだ。サイン会の開始までは時間がある。
「二時まででよろしければ」
 ヨシノは嬉しそうに、ありがとうございます! と深々と頭を下げた。
 店を出て彼の住所兼アトリエに案内してもらいながら、アオは考え込んだ。
 ファンアートは、もちろんほしい。その魅力に釣られたのは確かだ。しかし、ヨシノの依頼を受けた理由はそれだけではなかった。
(このままではいけません。どこがどう人間らしくないのか、明確にしなくては。彼に絵を描いていただければ、自分の何がいけないのか客観的に分析できるかもしれません)
 辿(たど)り着いたのは本屋からほど近い住宅地の一画に建つ小さな平屋で、室内にはキャンバスがあちこちに重なり合い、使いかけの絵具が散らばって雑然としていた。デッサンと思しき紙が、何枚もくしゃくしゃに丸まって転がっている。
「すみません、散らかっていて。そこに座っていただけますか」
 指定されたのは窓際の椅子で、小さな庭が見渡せた。その庭も手入れがされている気配はなく、草が伸び放題になっている。
 アオはついつい習慣から、室内を掃除し庭を整えたい激しい衝動に駆られた。しかしなんとかそれを抑え込んで、腰を下ろす。
「顔をこちらへ向けてください。そう、それで少し傾けてはい。そのままでお願いします」
 ヨシノはアオに軽くポーズを取らせると、さっと木炭を走らせ始めた。
 黒ずんだ指先の理由はこれだったのだ、と思い至る。炭で染まった手が、するすると紙の上を迷いなく滑っていく。真剣な彼の眼差しには、熱意が溢れていた。絵を描く人間をこんなふうに間近で目にするのは初めてなので、アオは興味深くその姿を観察した。
 彼の背後には火の気のない(だん)()があり、その上に小さな絵が飾られていた。この部屋で(がく)に入れられた絵は、その一枚だけだ。赤子を抱いた美しい女性、その隣には、彼女に寄り添うヨシノ自身の姿が描かれている。
 しばらくその絵を眺めながらじっとしていると、ヨシノが心配そうに言った。
「あの少しくらい動いても大丈夫ですよ。そこまで完全に動きを止めなくても。ずっとその体勢だと(つら)いでしょう」
「いえ、止まっているのは得意です」
 人間ではないので、動作を停止することは容易(たやす)い。
「そうですか? 辛くないのなら、いいのですが
 探るように、じっと見つめられる。
「そうして止まっていると、本当に、神の(のみ)が生みだした彫像のようですね」
 画家というのはやはり、観察力に優れているらしい。彫像というのは当たらずとも遠からずである。ただしアオを生み出したのは神ではなく、人間だけれど。
 そんなことを考えながらも、人間らしく少しは疲れた素振りを見せなければ、と思い直し、時折わざと動いてみせた。
(人間らしく、人間らしく
 ずっと無言でいるのも人間らしくないかもしれないと思い、アオはさりげない調子で話題を振った。
「あの暖炉の上に飾ってある絵は、あなたが描いたのですか?」
 ヨシノは振り返って、「ええ」と頷いた。
「妻と息子です」
「ああ、そうなのですね。今は、お二人ともお留守ですか?」
 木炭を滑らせる手が止まった。
「ヨシノさん?」
 ヨシノは視線を落としたまま、苦笑するように言った。
「いやぁ、それが出ていってしまって。二か月前に」
 なんでもないふうを装いながらも、猫背の背中がさらに丸まって小さくなったように見えた。
 世間話のつもりが、踏んではならぬものをうっかり踏み抜いてしまったらしい。アオは後悔した。
「愛想を尽かされて、当然なんです。ほとんど絵も売れなくて、生活も苦しくて妻には本当に、苦労をかけてしまいましたから」
「ヨシノさん
「本当言うと、二人がいなくなってからずっと、ひどいスランプだったんです。絵がまったく描けなくて。僕には絵しかない、絵さえあればって、今まではそう思っていたはずなのに
 いつの間にか、先ほどまで輝いていた目には、涙が(にじ)んでいた。
 彼はそれを隠すように、汚れた袖で(ぬぐ)う。
「でも実際は、彼女がいなかったら、絵が描けない。彼女がいない僕は、(から)っぽでした。もう二か月、何も描けなかった。でも今日、あなたを見た時、久しぶりに絵を描きたいという衝動が走ったんです」
「それは、とても光栄です」
「なんというかそう、神の像を見たような気がして!」
「神」
 思いがけない言葉に驚いた。
「何か、啓示のような気がしたんです。ここにはいない彼女が、背中を押してくれたような都合のいい解釈ではありますが。来月、王室主催の絵画コンクールがあるので、そこに僕の絵も出品するつもりなんです。王の名が冠された最高賞を獲れば、国中に名が広まります。そうしたらもしかしたら、二人が戻ってくるかもしれないと思って。だからなんとか絵を描こうとしたんですけど、全然だめだった」
 床に散らばった数えきれない紙の来歴が、これではっきりした。
「もうこのまま、絵は二度と描けないんじゃないかと絶望していました。でも今日、あなたに会えた。こんなに筆が乗るのは、本当に久しぶりなんです!」
 ヨシノはまだ少し潤んだ目で、再び手を動かし始めた。
 何枚も何枚も、スケッチを繰り返す。
 その間もアオはじっと言われるがままのポーズを取り続けた。スランプだったのが嘘のように、彼の目はアオを捉え、紙の上に勢いよく写し出していく。
 やがてその動きが止まり、ヨシノは大きく息をついた。
「終わりましたか?」
「はい。どうぞ楽にしてください」
「見せていただいても?」
 ヨシノがどうぞ、と紙の束を渡してくれる。
 そこには、見たこともないようなアオの姿がいくつも描き出されていた。
 自分の姿はすっかり心得ているつもりだったけれど、こうしてヨシノが描くと、なるほど確かにどこか神々しく見える。もはやそれは、アオではない。どう考えても、現実に存在する己とはかけ離れていた。
(つまりこれは、ヨシノさんの主観を通した俺というより、俺を通して彼の内側の何かを描いたもの、なのでしょうか)
 ヨシノは部屋の奥に山積みになっていた荷物の中から、数枚の絵を引っ張り出した。
「あの、こちらがお約束のファンアートです。気に入ったものがあれば、どれでも持っていってください」
「おおおおお!」
 差し出された絵を、アオは興奮しながら一枚一枚じっくりと眺めた。
「こ、これは五巻の血の決闘ですね! ああ、こちらはあの七巻の伝説の裏切り場面! はあぁあ、ヨシノさん、天才です!」
「そんなに喜んでいただけるなんて、嬉しいなぁ。これを描いたのは随分昔なんですけど、その時は僕もかなり楽しんで描いたんですよ」
 そうだろう、とアオは思った。
 絵の向こうにある生き生きとした世界は、描く人の心持ちすら反映している。見る側にも、それは確実に伝わるものだ。
「ヨシノさん、これを売るべきです! 薔薇騎士ファンならば高値で購入することは疑いありません。いえむしろ版元に交渉して、公式の挿絵として扱ってもらうべきかと!」
「ええ? ですが本当にこれは、趣味で
「バカ売れ間違いなしですよ! それで収入も増えれば、奥様も考え直していただけるのではないでしょうか?」
 ヨシノの肩がひくりと震えた。その瞳に、希望の光が微かに(ひらめ)く。
「そ、そうで、しょうか
「早速ではありますが、俺も購入させていただきたいです。こちらの一枚をぜひ!」
「いえいえ、それはお譲りしますよ! お礼ですので」
「いいえ、正式に課金させていただきたいので!」
「ですが、それでは無償でモデルをしていただいたことになってしまいます。残念ながら、お支払いできるお金もありませんし
 アオは、暖炉の上の絵にもう一度目を留めた。
 それは、幸福というものを絵にしたらこうなるであろう美しさに満ちている。(うらや)ましいほどに。これを失ったというならば、彼が筆をとれなくなるのも無理はない。
ではひとつ、お願いがあるのですが」
「ええ、僕にできることでしたら、なんでも仰ってください」
「今度、改めて俺の絵を一枚描いていただけませんか?」
「それはもちろん! むしろまた描かせていただけるなら、是非お願いしたいです!」
「それが、俺だけでなくあと二人連れてきたいんです。それで、三人一緒の絵を描いてほしいのです。あの絵のように」
 暖炉の上の絵を指して、アオは言った。
「とても、素敵な絵です」
 ヨシノは少し照れくさそうに、そして懐かしむように、ありがとうございます、と言った。
「そのお二人というのは、ご家族ですか?」
「はい」
 アオは力強く頷いた。
「俺の、一番の推しなので!」
 気がつけば、サイン会の時間が迫っていた。
 ヨシノに何度も感謝されながら、アオはアトリエを後にした。恐縮するヨシノに押しつけるように代金を支払って手に入れたファンアートも、腕の中に収まっている。叶うことなら、この絵にもマダラメ氏のサインを入れてもらおう。
 路地に出たところで、アオは大きな荷物と赤ん坊を抱えた女性とすれ違った。
 おや、と思って振り返る。
 見覚えのある顔だった。しかもついさっき、目にしたばかりの。
 彼女がヨシノのアトリエに入っていく後ろ姿を、肩越しにちらりと確認する。
 アオはほっとした。彼女の心は、完全に離れてしまったわけではなかったらしい。
 どうやら彼はこれで、完全にスランプを脱することができそうだった。


 二時ぴったりに本屋に戻ったアオは、急いで二階の会場へと駆けあがった。
 長蛇の列を想像していたが、用意されたテーブルの前にはほんの数人の人影しかない。その奥には、三人の少女が並んで座っている。
 つまりこれが人気作家、マダラメ氏なのだ。
(! ではやはり、一人ではなく複数人による創作集団だったのですね! それにしても随分とお若い!)
 少女たちの傍に立つ男性が声を上げていた。
「魔★ダルマ3のサイン会&握手会はこちらで~す」
???」
 笑顔を振り撒く少女たちに、アオは困惑した。
「お兄さん、最後尾はこっちですよ」
 誘導されながら、アオは少女たちの背後に掲げられた垂れ幕を見上げた。そこには大きく、こう書かれていた。
《ご当地アイドル 魔★ダルマ3 サイン会&握手会》
少女たちは各々頭の上に赤いダルマを乗せており、訪れた人々ににこにこと手を振ったり、ポーズを取ったりしている。
「すみません。こちら、マダラメ先生のサイン会では?」
「は?」
「いえ、ですから、『薔薇騎士物語』の作者であるマダラメ先生のサイン会ではないのでしょうか?」
「まだらめ? 彼女たちは魔★ダルマ3だよ。ま、だ、る、ま」
 アオは首をかしげた。これは、どうやら目的のサイン会とは別物である。
 慌てて一階に降り、カウンターの奥でまだ先ほどと同じ本を読んでいる店主に声をかけた。
「あのう、マダラメ先生のサイン会はどちらでやっているのでしょう?」
「マダラメ先生?」
 店主は()(げん)そうにアオを見上げた。
「『薔薇騎士物語』の?」
「はい。今日の二時にこちらでサイン会、ありますよね?」
「今日はアイドルのサイン会だけだよ」
「そんなはずは! あの、あの、このチラシを見てきたのですが!」
 慌ててチラシを差し出す。
 しかし、店主の反応は(かんば)しくなかった。
「うーん、うちで作ったチラシじゃないなぁ。どこかほかの店と間違ってるんじゃないかね?」
「ですが、書かれているのは確かに、こちらのお店のお名前なのですが」
「そもそもマダラメ先生といえば、決して姿を見せない謎の覆面作家だろう。サイン会をやるなんて話、一度も聞いたこともないよ」
「そんな
 (がく)(ぜん)として、アオは手にしたチラシを見下ろした。
(ヒマワリさんがくれた、チラシ
 思い返せば最近のヒマワリは、妙に大人しかった。
 ヒムカ国へ行きたいとも言わず、そんな素振りも一切見せず、以前のように島での暮らしに溶け込んでいるように見えた。それで、すっかり油断していたのだ。
(もしや全部嘘ですか?)
 ぐしゃり、とチラシを握りつぶす。
俺は、ヒマワリさんをそんな悪い子に育てた覚えは、ありませんっ!」
 思わず、アオは声を荒らげた。
 その剣幕に、店主が驚いて少し身を引く。
 嫌な予感がした。
 予感、などというものは、青銅人形の自分にはないはずなのに。つまりそれは、これまでのデータから基づいて算出された予測だ。
 ヒマワリはわざと、アオを島の外へと出したのだ。
(急いで終島に戻らなくては)
 アオは勢いよく本屋を飛び出すと、帰るための井戸を探して駆け出した。
 ヨシノに三人の絵を描いてもらうのは、随分と先になりそうだった。

【おわり】