十月の田倉勇太郎
もうすぐハロウィンなんですね。
いえ、特に意味はありません。画面のうしろのほうに、カボチャの飾りが見えたから。
リモートであっても、季節の飾りがあるといいですね。和みます。
あ、ハロウィンの日に婚活パーティがあるんですか。そういうのは……。嫌いというわけではないんですが、私は大人数の中でうまく喋れるタイプではないんです。仕事の話ならできるんですが、自分の話はうまくできない。だから女性と縁遠かったんですね。
結婚したいと思ったきっかけ、ですか。
そうですね。もう四十歳なので。いつかは結婚したいと思ってはいたのですが、これまではそれどころではありませんでした。でもそろそろ本格的に何かしないと。いてもたってもいられなくなったというか。
それで衝動的に、申し込みを。リモートで話を聞いてくれるところを探して、最初にここを見つけたものですから。十月は半期決算の月なので、とても忙しいんです。
ええ、私は課長です。経理課長。
うちの経理部に課はないので、正式には課長待遇ということになります。
私は入社してからずっと経理部にいます。上に部長がいて、私を含めて部員は五人です。男性ふたり、女性三人。少数精鋭と部長は言いますが、ギリギリですね。去年は税務調査があったのですが、部員総出でやりました。
これでも増員されたんですよ。少し前まで三人でした。三人目は未経験者だったので、実質、ふたりで本社の経理業務を回していたようなものです。私が管理会計、森若さんが――あ、これはその、もうひとりの女性です――財務会計です。
しかしなにしろ人がいないので、だんだん担当とかどうでもよくなって、できる範囲で、できるだけのことをしていました。森若さんも入社時はもちろん未経験者ですが、飲み込みが早いので、負担が大きくなっていって、申し訳ないと思いつつ、かなりの部分を任せてしまっていました。
そのときは森若さんが二十六――二十七歳くらいかな。私の妹と同じ年齢で。十歳違いなんです。ええ優秀です。とても優秀な女性です。私が同じ年齢のときに、同じだけの量の仕事はこなせなかったと思います。
彼女のすばらしいところは、早いのもあるのですが、正確さです。人間的にも信頼できるし、仮に間違えたとしても、間違えた箇所を推測しやすいので、仕事が楽なんです。長く一緒にやっていると、相手がどんなところでひっかかるか、自分が出した数字をどうチェックするかもわかるんですね。だから自然にフォローをしあえる体制になっていて――。
ああ、すみません。喋りすぎてしまいました。
もちろん恋愛ではありません。戦友のようなものです。尊敬している――そうですね。それがいちばん近いです。私のほうが上の立場ですが。
これまでの恋人――ですか。はい、いました。――同じ会社の、別部署の女性です。うまくいっていたと思います。温泉に行ったり……。好きでした。とても美人で、無邪気で、かと思えば気難しい、すずらんの香りのする女性でした。
別れた理由は、言いたくないですね。――いえ、言います。彼女に夫がいたからです。
不倫です。
結婚相談所の人にとっては、いい話題じゃないですね。
でも本気でした。プロポーズもしていたし、彼女が離婚したら結婚するつもりでした。いけないと頭ではわかっていましたが、どうしても別れられませんでした。好きだったので。
反省しています。どうして相手が独身のうちに好きにならなかったのかって。同期入社で、ずっと前から、知り合おうと思えばできたんだから。
私が、もっと積極的に人と関わっていれば違ったと思います。
森若さんから、彼女と別れたほうがいいと言われました。それで別れました。
そして、仕事に打ち込むことに決めました。
当時は辛かったです。親友と少しトラブルがあって。自分は何もかも失ったと思ったりしました。――正直にいって、会社に来るのが救いでした。
おかしなものですね。経理部員として、会社の人間とは一線を引くことを心がけてきたのに。いつのまにか会社にしか居場所がなくなって、同僚以外と話さない生活になっていたんです。
森若さんに恋人が――彼氏がいる、という話は聞いていました。雑談好きな社員が経理室で話していくので、嫌でも知ってしまうんです。森若さんのことを好きな男性が営業部にいるらしいということも。私は営業部の人間には興味がないんですが、プライベートで会っているという噂話を聞いたこともあります。森若さんは、営業部の経理担当なんです。
相手は営業部のエース――販売課で、営業成績が一位の男性です。
営業部長は天才と言っています。新規顧客を獲得するのに長けていて、どんな人でも落とすことができるそうです。
森若さんと会っているのが彼――山崎さんだという話を聞いたとき、ほっとしました。
噂は本当ではないと思ったので。それほど親しそうではなかったですし、彼女のような人間が、上っ面な言葉に引っ張られるわけがないですから。
社内にどんなに噂がたとうとも、森若さんはどこ吹く風で、一顧だにしませんでした。私はそれで、少し安心していたんですね。
それで――先月、森若さんが結婚しまして……。
そう結婚です。相手は営業部の別の男性です。山崎さんでない、大阪営業所の。まったく知りませんでした。
びっくりしましたし、失望しました、自分に。
私は、森若さんは私と同じ種類の人間だと勝手に思っていたんです。仕事が一番で、誰かと付き合っても、結婚することはないと。情けないです。
結婚する前に――今年の春くらいかな、森若さんとその彼氏が――当時は婚約者ですね、デートをしていたところを公園で見かけました。
森若さんはとても幸せそうだった。お似合いでした。これが普通の、恥ずかしくない恋人たちなんだと思いました。このままふたりは夫婦になるんだなと。
そして、私も、結婚したい……こういうふうにリラックスできる相手が欲しいなと……。
うっすらと思い始めたのはあのときからですね。かといって何をしたらいいのかわからないので、そのままになっていたのですが。
このことを話すのは初めてではないんです。例のエースの営業部員と、先日飲みにいって、つい話してしまいました。彼は話させるのがうまいんですよ。
どうしてふたりが付き合ったのかと尋ねたら、彼のほうが、グイグイと行ったのだろうと山崎さんは言いました。行くというのがわからないんだけれども、おそらく私にはできません。私はマニュアルがあったほうがいいんです。そう言ったら、山崎さんは笑っていました。思いがけず、楽しかったです。
で、思いました。自分のことを話すのも、たまにはいいものだなって。
相変わらず、うまく話すことはできないですが――今は話せていますか。それならよかった。
実はね、先日、昔の恋人から連絡があったんです。例の、すずらんの香りのする女性です。
彼女も考えることがあったんでしょうか。嫌いで別れたわけではないので、返事をしようかどうか迷いました。決算月でなかったら会ってしまっていたでしょう。
それで、このままではダメだと。本格的に何かをしないと、また流されてしまうと思いました。
そして、いてもたってもいられず、リモートで話せる結婚相談所を探したんです。
こういうのは勇気が要りますが、悪くないものなのかもしれません。
私は、人を好きになりたいんですね。
はい、結婚したいです。
これまでは仕事で手いっぱいで、自分のことを後回しにしていました。だから、これからはグイグイと――というのは俺にはやっぱり無理かな。少しでも積極的に行けたらと思っています。
結婚相手に求める条件。――つまり、理想の女性――ってことでいいですか。違いますか。
優しい人がいいです。私はただ、好きな人を大事にして、ずっと一緒にいたいだけなので。お互いにとって安らぎになれる人ですね。
こんな話をしてよかったでしょうか。すみません。婚活とか初めてなので、慣れていなくて。ただ誰かに話を聞いてもらいたかっただけなのかもしれません。
そろそろ切らないと。決算月なので。そうですね、やはり、ハロウィンの婚活パーティに申込んでみます。大人数は得意じゃないんですが、もしかしたら出会いがあるかもしれない。尊敬できる女性がいればいいのですが。
話を聞いてくれてありがとう。落ち着きました。おやすみなさい。
【おわり】