家政婦ふみさんの悩み


 私の名はてんどうふみ。天堂家の分家に育ち、本家のお屋敷に家政婦として勤めて三十年。目下の悩みは、当家の坊ちゃまのことです。
 天堂づく。この土地のさきである天堂本家当主のひとり息子として生まれた坊ちゃまは、その名の表す通り、至れり尽くせりの恵まれた人生を約束されているはずでした。実際、坊ちゃまは幼い頃からたぐいまれなる前世見の能力を発揮し、眉目秀麗、才気煥発、私にとっても自慢の若様だったのです。
 ただひとつ、年を追うごとにかりが増してゆくのは、坊ちゃまの女性関係が綺麗過ぎること
 坊ちゃまも今年で二十七です。もうそろそろ、お嫁さんの影が見え隠れしてもおかしくない年頃だというのに、浮いた話をとんと聞かないのは心配でなりません。実は私の知らないところで遊んでいるのか、本当に奥手なだけなのか、果たして真相や
 そんなある日のことでした。夜も遅い時間になって帰宅した坊ちゃまが、若い女性を連れていたのです。
「離れにお通ししてください。大切なお客様ですから、そのつもりでお世話をお願いします」
 坊ちゃまのその言葉に、私の頭の中で大きなくす玉がパカーン! と割れました。
 祝☆お持ち帰り!
 とうとう! うちの坊ちゃまが! 女の子を! 家に
 厳選に厳選の末なのか、それともようやくつかまえたなけなしの彼女なのかはわかりませんが、ともかく坊ちゃま史上、初の快挙です。私は胸の内の狂喜乱舞を必死に隠しながら、そのお嬢さんを離れに案内しました。
 驚きの展開はさらに続き、坊ちゃまはなんとそのお嬢さんを前世見の間へ連れて行ったのです。
 私は興奮を抑えきれず、奥様の部屋へ飛び込みました。坊ちゃまの母親にして、天堂家当主の様は、訳あって屋敷の奥で孤独に過ごしておいでですが、だからこそ、ひとり息子である坊ちゃまの一大事を報告せずにはいられません。
「奥様! 大変です! 坊ちゃまが離れに若いお嬢さんを連れ込みました!」
「あらまあ」
「あらまあ、じゃありませんよ奥様! 坊ちゃまが家に女の子を連れてくるなんて初めてじゃありませんか! しかも、自ら前世見の間へ通したんですよ!」
「あらまあ」
 どこまでもおっとりした反応の奥様に私は詰め寄らずにいられません。
「聞きましたら、こまづき家のお嬢さんだそうです。この土地で駒月といったら代々学者の家系。前世見の資質があって、坊ちゃまと年回りも良く、家筋も悪くない坊ちゃまの花嫁候補として、これ以上の優良物件があるでしょうか!?」
 前世見の家である天堂家は、なかなか人には説明しにくい仕事をしています。ゆえに、坊ちゃまの花嫁選びが難航するのは元よりわかっていたことでした。天堂家の家業を理解し、受け入れてくれる女性でなければ、天堂家の嫁は務まりません。誰でもいいわけではないからこそ、早いうちから相応ふさわしい女性を探すよう申し上げても、どこ吹く風で私をやきもきさせていた坊ちゃまが、いよいよ
「あのお嬢さんを捕まえなければ、今後ここまで条件のいい娘さんは現れないかもしれませんよ! ちょうどいいお年頃で前世見の資質がある娘さんだなんて、これは運命ですよ。あのお嬢さんをのがしたら、坊ちゃまはもう結婚出来ないかも!」
「まあまあ、ふみさん、落ち着いて。まだそのお嬢さんがどういう人なのかもわからない状態でしょう? 離れでお世話をすることになったというなら、しばらく様子を見てみたらどう?」

 奥様になだめられて、私も少し冷静になりました。
 確かに、条件は良くとも人柄が悪ければ坊ちゃまの嫁になど認められません。
「わかりました。少し観察してみます」


 それからというもの、私は駒月まりという娘さんをじっくり観察し始めました。
 悪い娘さんではない率直にそう感じました。
 愛想も良いし、愛嬌もあるし、私の家事を手伝おうともしてくれます。私の手間を増やすのが悪いと言って母屋で食事をするようになったのは、坊ちゃまとの接点も増えてグッジョブ☆と思いましたが、それ以上の進展はないのはなぜなのか。
 この間など、坊ちゃまから仕事を早上がりしていいと言われたので、小毬さんとふたりきりになりたいのかと早々にドロンしたのに、結局何もなかった様子。
 ふたりの仲が進展しない原因はどちらにあるのか考えるまでもなく、あのお嬢さんの方でしょう。
 駒月小毬さん人柄は悪くありませんが、はっきり言って色気のない娘さんです。
「あのお嬢さん、うちのイケメン坊ちゃまとほぼ同居状態で、どうしてああも自然体なんです!? もうちょっとこう、嬉し恥ずかし☆ときめきムードが漂ってもいいと思いません!?」
 小毬さんや坊ちゃま本人にはぶつけられない不満は、奥様にぶつけるしかありません。ですがその奥様からは気のないあいづちばかり。
「そうねぇ
「一部では、おふたりの関係にまことしやかな噂も流れているようなんですよ。それはそうですよ。あの坊ちゃまが若い女性を同じ屋敷に住まわせているんですからね。それなのに、あののあの部活の合宿か親戚のお兄さんとでも暮らしているかのような色気のない態度はどうなんですか」
「じゃあふみさんは、小毬さんが至尽に媚び媚びで色仕掛けしてくるような娘さんだったらよかったの?」
「そうは言ってませんけど! そこまで打算的な女はお断りですが、でももう少し、坊ちゃまを意識してもいいじゃありませんか。金と権力を持ったイケメンですよ? お近づきになりたいなーとか、あわよくば捕まえたいなーとか、普通思いません? 女として、そのくらいの色気は持っても罰は当たらないと思うんですよ」
「彼女にしてみれば、それどころじゃないのかもしれないわね
「え?」
「女の子のすべてが、恋愛やいい男の捕獲を人生の大事と考えているわけでもないでしょう。それに、小毬さんというのは相当不運な生い立ちなのよね? そういう娘さんは、ますます基本の意識が恋愛どころじゃないんだと思うわよ」
「不運に慣れ過ぎて、坊ちゃまのような最高物件が身近にいても乙女回路が起動しないと?」
 悲報★アウトオブ眼中
「だったら坊ちゃまにはもっと頑張っていただいて、小毬さんの乙女回路にスイッチ入れてもらわないと! 回路が通電すれば必ず、彼女も坊ちゃまの魅力のとりこ! せっかくの(ほぼ)同居生活、ラブコメ少女漫画のようなラブ♡ハプニングの演出だったら私がいくらでも協力しますから!」
「まあまあ、ふみさんが張り切っても仕方ないでしょう。放っておきなさいな。どうせあの子、小毬さんには盛大に不幸萌えしているようだから、簡単には手放さないわよ」
 確かに、アパートを探すと言って出て行こうとした彼女を熱烈に引き留めたのは坊ちゃまです。
「不幸な魂を見るほど萌えるって、我が息子ながら変態よねぇ」
「坊ちゃまはお優しいんですよ。不運な小毬さんを救ってあげたいんですよ。でも坊ちゃまがいくら執着していても、小毬さんの方はどこ吹く風なのが問題なんですよ」
「大丈夫よ。あの子は私に似て、一度ロックオンした獲物は逃がさないから」
 奥様はそう断言しましたが、私のやきもきする日々はまだまだ続きそうなのでした。

〔おしまい〕