ふたごのたまご

ありがとう! 集英社オレンジ文庫9周年フェア『仮面後宮』(松田志乃ぶ)スペシャルショートストーリー

 ──小さな生きものを育てるのが好きだ。‌
 そういうと、五百重いおえをよく知らない者は、‌
「それはまた見かけによらないことで」‌
 と意外に思うことだろう。‌
 なにせ五百重は六尺ろくしゃく近い大女である。‌
 その長身にふさわしい堂々たる体躯たいくの持ち主で、首太く、肩広く、背中せなたくましい、近隣に名の知れた力自慢。‌
 地味な直垂ひたたれくくばかまの男衣装で宇治うじの山里をかっする彼女は、およそ親王家に仕える侍女じじょとは思えぬ剛力ごうりきごうわん猛者もさなのだ。‌
 固い胡桃くるみの殻を二本の指でやすやすとへし割り、自ら狩ったうさぎきじの首を容赦なく絞める太い指が、小さい、柔らかな生きものをやさしくはぐくむさまは想像しにくい。‌
 が、実際の五百重は、かいこはちを巧みに育てて生糸をとり、絹布を織り、希少な蜂蜜を採取し、貧しい親王家の家計を助ける働き者だった。‌
 節くれだった彼女の大きな手は、殺生せっしょうも生産も同じように丁寧にやりとげるのである。‌
 五百重が育てる生き物は、虫でも犬でも牛馬でも丈夫に従順に育つともっぱらの評判だったが、何事にも例外はあるものだ。中には少々変わった育ち方をするものもいるようである。‌

「──みやさま、はゆるみやさま? そんな所で何をなさっているのですか」‌
 いちから帰ってきた五百重は、庭のすみで小さな頭をつきあわせ、何やらこそこそしているふたりに気づいて、声をかけた。‌
 はっ、と火の宮と映の宮が同時に顔をあげる。‌
 ふっくらした桃色の頬。‌
 三角形の小さな口。‌
 潤んだ大きな杏仁型の目アーモンドアイ。‌
 つやつやした黒髪を振り分け髪にして、柔らかな青色の着物を同じようにゆったりと重ね着している。‌
 鬼神も思わず笑みをこぼしてしまいそうな愛らしいその姿は、鏡に映したようにそっくりである。‌
 火の宮と映の宮は三歳。‌
 世にも珍しい双子の姉弟きょうだいであった。‌
「五百重、あのね宮たちね、あの」‌
「なんでもないよ!」‌
 もじもじと口を開いた弟の言葉を、姉の火の宮が元気よくさえぎった。‌
「宮たちねえ、鬼ごっこにあきちゃったから、つぎは何してあそぼうか、ってそうだんしてたとこだったの!」‌
「そうなのですか」‌
「そうなの! ねっ、映の宮!」‌
「うん」‌
「そうだ、映の宮、あっちにいこう。あっちの、宮のひみつのひなたぼっこりにいってあそぼう」‌
「ひなたぼっこり?」‌
 五百重は首をかしげた。‌
「良いひなたぼっこができるとこよ。火の宮はこないだ、のら猫のごきょうだいについていって、すてきなひなたぼっこりをみつけたんだ。ね、ひなたぼっこしよ。映の宮。いこういこう、そうしよう」‌
「うん、ぼっこしよ」‌
 小さな手をつなぎ、双子はてくてく歩きだしたが、途中、火の宮がくるりとふり返り、‌
「おとなはついてきちゃダメだからこどもと猫しか、ぜったい入っちゃいけないとこだから」‌
 一生懸命に恐ろしい顔を作っていうので、五百重はうなずいた。‌
「お庭から出てはなりませんよ、おふたりとも。今日はいちが立っているため、酒を飲んだやからなどもそこらの道をふらついておりますゆえ」‌
げんがいるから、だいじょぶよ」‌
 普賢は一家の飼い犬である。神秘的な銀色の被毛に包まれた若い雄犬で、双子に何か異変が起こると、ふしぎな感知力で飛んでくるのだ。‌
 ひそひそ内緒話をしながら去っていく双子を見送ると、五百重はくりやへ入った。‌
 廊下でつながれた母屋もやからは一家の長である桃園院ももぞのいんの唱える読経がかすかに聞こえてくる。‌
 宮廷での権力争いに破れ、東宮位を追われた果て、この宇治の山里へと流れ着いた双子の父宮は、仏道に熱心な人である。‌
 妻の女御にょうごの出産が間近に迫っているため、ここ数日は生まれてくる御子と妻のぶじを、朝夕、念入りに祈っているのだった。‌
 ──火の宮さまと映の宮に、もうじき弟か妹がおできになる。愛おしい、尊い御子がまたお一人増え、このお邸がにぎわうのは喜ばしいことだ。‌
 そんなことを考えながら、五百重は市であがなってきた食材を手際よく片づけ始めた。‌
 働き者の五百重にとって、今日もやるべき仕事は山のようにある。‌

 双子のようすが何やらおかしい、と女房のひとりが五百重に告げてきたのはその日の夕刻にかかる頃だった。‌
「おかしいというのは?」‌
「それがねえ、おふたりで暇さえあればひそひそ内緒話をなさっているのよ。それがつねにあらず深刻なごようすでおふたりして可愛いおでこにしわなどお寄せになっているの。で、何をなさっているのかお尋ねすると、あわてて逃げてしまわれるの」‌
 五百重は昼間の双子のようすを思い出した。‌
「かと思ったら、おふたりしてなぜだかお腹の見せあいっこなど始めて。それが終ったと思ったら、いきなり火の宮さまがお庭の木にぶらんと逆さ吊りになるではないの。もちろんたいして高い枝ではないけれどね。でも、さすがに危ないと思って、あわてて飛んでいってお下ろししたわ。火の宮さまは抱っこされたまま、不満そうになさっていたけれど」‌
「干し柿ごっこでもなさっていたのでしょうか」‌
 双子の遊びは独特で、大人たちには理解しがたいことがままある。‌
 以前もふたりして床に並んで横たわり、いつまでもじっとしたまま動かずにいるので、何をしているのかと五百重が尋ねると、‌
「二枚貝ごっこです」‌
 という答えが返ってきた。‌
「波がきた」「波がきた」「閉じます」「閉じます」といいながらふたりでぴったり抱き合って無言でいるという謎の遊びをしていたので、庭の木に逆さになっていたのも、そのたぐいではないのだろうか。‌
「そうなのかしら。でも、ごっこ遊びのわりには、ちっとも楽しくなさそうなのが気になるのだけれど昨日も、お腹が空いたからおやつをちょうだい、と焼き米を袋いっぱい持ち出されたり、寒いから真綿入りの着物をおくれ、とおっしゃったり。焼き米なぞたいしてお好きではなかったし、おふたりとも、どちらかといえば暑がりでいらっしゃるのに。いったい、どうなさったのかしらね?」‌
 しょげたようすがどうにも気にかかるので、うまいことふたりから事情を聞き出してもらえないか、という女房の頼みに、五百重はうなずいた。‌
 いつも元気なふたりがしょげたようすでいるというのがひっかかる。‌
 大人にいえない子どもの秘密は、わくわく、どきどき、心弾むものであるべきで、重く気をふさぎ、小さな胸の内にどんより沈むたぐいのものであってはならないはずだ。‌
 五百重は映の宮を探した。‌
 顔は瓜二つでも、双子の性格はかなり異なっていて、姉の火の宮がおおらかで好奇心の強い大胆派、映の宮は繊細でやや怖がりな慎重派である。‌
 ふたりでいる時、主導権を握るのは火の宮なので、尋ねるなら映の宮がひとりでいる時のほうがいいだろう、と判断したのだった。‌
 映の宮はきざはしにちょこんと座っていた。‌
 ほおづえをつき、こころなしか浮かぬ表情である。‌
 日が落ちるにはまだ少しゆうのある時刻。‌
 少し離れた庭の端では、普賢の背に乗った火の宮が「ヤア、ヤア」と棒きれをふりまわして征夷せいい大将軍たいしょうぐんごっこをしている。‌
 「どうなさいましたか、映の宮さま。このところ、少しお元気がないようですね」‌
 隣に座り、尋ねると、映の宮は首をふった。‌
「なんでもないのよ」‌
「先ほど、五百重に、何かおっしゃりかけていましたね。お話したいことがありましたか」‌
「うんううん」‌
「もしかして、お話したいことと、内緒にしたいことと、両方おありだったのでは?」‌
 映の宮は少し考え、こくんとうなずいた。‌
「映の宮さま」‌
 五百重は慎重にいった。‌
「ひょっとして、映の宮さまと火の宮さまは、何か生きものを拾われたのではありませんか?」‌
 映の宮がびっくりしたように目をみひらく。‌
 食べないはずの焼き米やら温かい着物やらを急にもっていったと聞いたので、小鳥なり犬猫なりを拾い、ひそかに育てようとしたのではないか、と五百重は推測したのだった。‌
 命あるものをむやみに飼うのは罪深いことだと父宮にいわれているので、普賢以外の動物を邸で養うことはできないと双子も理解している。‌
 そこでこっそり育てようとしたものの、幼さゆえにうまくいかず、悲しい結果になってしまい、罪悪感からこんなふうに落ちこんでいるのではないだろうか。子どもにはままあることである。‌
 映の宮の大きな目に、みるみる涙が浮かんでくる。‌
「どうしてしってるの?」‌
「五百重はおふたりのことならなんでもわかるのですよ。さ、涙を拭われて。何も心配いりませんよ。どういった生きものを拾われたのですか」‌
「わかんないの」‌
「わからない?」‌
かわずかもしれないし、小鳥かもしれないし、蛇の子かもしれないの卵の子なの」‌
「卵の子」‌
「宮たち、おとつい、厨にあった卵の茹でたの、こっそり食べちゃったのごめんなさい」‌
 意外な告白に五百重は戸惑った。‌
 仏道に熱心な桃園院は菜食を好み、普段から肉や魚、鶏卵けいらんなどの摂取を制限している。が、臨月の女御の体調があまり良くないため、医者から栄養価の高い鶏卵を毎日とらせるよう勧められ、少し前から厨に卵を常備するようになったのだった。‌
 物珍しさと好奇心から、ふたりはそれを盗み食いしてみたらしい。‌
「お父さまに食べてはいけないっていわれてたのに、ないしょで卵を食べちゃったから、仏さまのバチがあたっちゃったみたいなの。宮たち、おなかの中でいきものが生まれちゃったのそれが、鳴くのクウクウ、キュルキュルって」‌
 映の宮が着物の前をめくると、白くて丸いお腹がぽろんと出た。‌
「ヒック、卵の子が、宮たちのおなかに住んじゃったの。どうしよう、って思ってたら、火の宮が『だいじょぶよ、お母さまのおなかにも赤さまがいるから、宮たちもおなかの中の子をそだてればいいんだよ』ってクウクウ泣いたらごはんをあげて、鳥のおかあさんみたいに、おなかの卵を温めればいいってひっくり返ったら、口から出やすくなるかも、って、火の宮は木にぶらさがったりもしたのでも、宮は、本当は、ちょっとイヤなの。だって怖いんだもん! お口から小鳥とかひよことか蛇の子が出てきたら、イヤなんだもん宮は、蛇のお父さまになりたくないんだよー!」‌
 こらえきれず、しくしく泣きだした。‌
 五百重は彼を抱き寄せ、その小さな背中をトントン叩いて慰めた。 ‌
 ──お腹に得体の知れない生き物が住み始めた、と幼いながらに不安だっただろうことを思うと笑ってはいけないが、どうしても口角があがるのを押さえられない五百重であった。‌
「大丈夫です、映の宮さま。宮さまがたのお腹の中には、なんの生き物もおりませんよ」‌
「でも、クウクウ鳴くのよ!」‌
「それは生き物ではなくて、の音です。宮さまがたのお身体の一部ですよ。おふたりとも、このところ、グングンお身体が大きくなられておりますし、毎日元気に駆け回っていらっしゃるので、食事の量が足りなくなり、お腹が鳴るようになったのです。それは普通のことですよ。五百重の腹とて、空いた時にはクウクウ、グウグウ鳴るのですから」‌
 映の宮が涙に濡れた顔をあげた。‌
「ほんとう?」‌
「五百重が宮さまがたに嘘を申しあげたことがございますか?」‌
 映の宮はブンブン首をふった。‌
「子を産むことができるのは、大人の女だけです。おふたりのお母さまのような。映の宮さまや火の宮さまが親御おやごさまになるのは、まだまだ先のことですよ。誓って、おふたりのお腹に、卵の子はおりません。ですから、何も怖いことは起きませんよ」‌
「そうなんだ」‌
映の宮はむき出しのままの自分のお腹をなで、‌
「良かった」‌
 にっこりした。‌
 五百重は映の宮の着物の前を整え、涙に濡れた顔をきれいに拭ってやった。‌
「もう心配事はございませんね」‌
「うん。ありがとう、五百重。あっ、そうだ、今のこと、早く火の宮にもおしえてあげなくちゃだ」‌
 映の宮は階を駆けおりた。‌
「火の宮ァ、あのね、宮たちのおなかに卵の子、いないんだって~。おなかが空いたら鳴るだけなんだって~。五百重がおしえてくれたよ~!」‌
 普賢にまたがる姉に笑顔でいった。‌
「えー、そうなの? ほんとうに?」‌
「ほんとうに!」‌
「なーんだ、つまんないな、宮はほうおうみたいなおっきな鳥をお口から出したかったのにな~」‌
「ハア、火の宮はすごいね宮はほんとうは怖くて、五百重の前で泣いちゃったんだよ」‌
「えへへ。だって、火の宮は姉さまだもん。姉さまは弟より強くないといけないんだもん! ねえ、こんどは映の宮が、する?」‌
「する」‌
 姉と入れ替わりに普賢の背中に乗ると、映の宮は晴れ晴れとした顔で棒きれをふり回し始めた。‌
 仔馬さながらに歩き出した普賢を見送ると、五百重は少し離れた場所でうずくまり、ありの巣を小枝でつつき始めていた火の宮に近づいた。‌
 うつむく火の宮の丸い顎の下、ぽた、ぽた、としずくが落ち、蟻たちがわらわらと逃げ惑っている。‌
「お姉さまらしく、よくおでかしなさいましたね」‌
 五百重は火の宮の頭をなでた。‌
 がば、と火の宮が抱きついてくる。ひくひくと声をこらえて泣く身体は火のように熱かった。‌
 ──本当は火の宮も不安でいっぱいだったが、弟を怖がらせまいと、子どもながらに精一杯明るくふるまっていたのだ。‌
 泣きじゃくる姉のさまを映の宮に気づかれぬよう、五百重は火の宮を懐に深く抱きしめた。‌
 と、‌
「グルルルル!」‌
 けもののうなり声のような音がいきなり響いた。‌
 びっくりした火の宮が顔をあげる。‌
 きょろきょろと周りを見回したあと、五百重の顔と腹を交互にみつめた火の宮は、‌
「ねえーっ、五百重のおなかにもなんかいるよォ!」‌
 涙に汚れた顔で、太陽のように笑った。‌

 ──五百重は小さな生きものを育てるのが好きだ。‌
 小さな生きものたちは、その純真無垢な愛らしさで、大きな五百重の心を優しく温かく満たしてくれるから。‌

【おわり】‌