動画を作ろう!

「突然だがPR動画を作ろうと思う。どうかな白澤くん」
「やめた方がいいと思いますね」
京橋に居を構える骨董店・かげろう堂の店主の黒岩は、従業員である白澤の言葉にずっこけた。この人は新喜劇とか好きなのかなと、店に入って一週間の白澤はいぶかった。黒岩は白澤よりほんの少し年上の二十九歳で、骨董店の店主としては話にならないほど若い男である。おまけに長い髪を尻尾のようにひとつしばりにしている。行動の方向性の定まっていない男、というのが、白澤の一週間の観察結果だった。
それがPR動画とは?
立ち直った黒岩は、得意げな様子で語った。
「どう考えても今は動画の時代だろう。個人運営のウェブサイトも、写真をとって掲載するブログも、もはや動画サイトにはかなわない。違うかな」
「違わないと思いますが、骨董店が動画サイトでPRをして意味があるかどうかは慎重に考える必要があると思いますよ」
「見てくれ、撮影用のミニ三脚を買っちゃったよ! 私費で」
「聞いてないですね」
黒岩は嬉々としてビジョンを語った。短い動画でないと最近は見てもらえないというからショートな尺で。わかりやすい編集をフリーソフトで入れて。クラシックというよりはポップな雰囲気で。エトセトラエトセトラ。白澤は呆れた。
「それで、その動画にはどんな意味が?」
「骨董店はこわい、縁がないというイメージの打破だ! あ、いや、少しでも打破できたらいい、くらいの意味だけどね。大体、骨董店は高齢のお客さましかいない状況に甘んじすぎているよ。若年層の参入がない業界というのは先が細るだけなんだ。私はこの点を憂いている。動画なんて作っても骨董店のメイン客層である人々にはリーチしないと君は言いたいんだろう? だが! 若い世代に触れるためだけでも動画を作る意味はあると、私は思う! ……どうかな?」
一応、まっとうな理屈ではあった。
白澤は諦め混じりに頷いた。
「…………やりたいなら止めはしませんよ」
「ありがとう! じゃあ手伝ってくれ。台本はこれね」
「俺が読むんですか」
「いきなりロングヘアの私が出てきたらうさんくさいだろう……」
「うさんくさいという自覚はあるんですね」
「一般論! 一般論としてね!」
俺は演劇とかをやっていたわけではないので完全な棒読みになりますが構いませんかと、白澤は告げた。まがりなりにも承諾の返事が返ってきたことに、黒岩は驚いたようだったが、少し微笑んだ後、すぐに「あっ」という顔をした。
「白澤くん、今更だけどインターネット上に声が出ることに関しては大丈夫? 一度出してしまうと、今の時代は撤回するのが難しいんだろう。私もそのくらいは知っているよ」
「問題ありません。有名人ってわけでもなし」
顔さえ出なければ、と白澤は内心付け加えた。有名人ではない、というのも少し嘘である。特定の業界において、白澤はそれなりの有名人だった。だがそれを黒岩に話す気はない。
数回の練習の後、黒岩の台本を、白澤は棒読みなりに元気よく読み上げた。
東京駅から徒歩十三分、京橋骨董かげろう堂!
明るい従業員ばかりです!
骨董品は敷居が高い? そんなことはありません!
骨董に興味がない? 見ているうちに興味がわきます!
そもそも骨董って何? ちゃんとそこからお教えします!
エレベーターあり、大きなトイレもあり、バリアフリー設備!
かげろう堂は皆さまを歓迎します!
三テイク収録し、音声収録は終わった。黒岩は満足そうにしている。
「よしよし。じゃあこの動画から音声トラックを抽出して、お店を撮影した動画と合わせて、動画サイトに投稿するね。ははは! すごいなあ、こんなこともできてしまうなんて! バズってしまったらどうする? かげろう堂にお客さんがたくさん来てくれるかもしれないね」
「本当にそうなったらどうするんですか」
「……え?」
黒岩は目をぱちぱちさせた。白澤は目を細くする。
「この店は映画館じゃないんですよ。大量の若いお客さんを受け入れるようなキャパシティはないでしょう。接客しきれない分のお客さまはどうするんです。追い返すんですか」
「…………私と笑子さんが気合いでどうにかする! 外にカフェテーブルでもおこうかな」
「冗談を聞きたいわけじゃないです」
「冗談のつもりはない。私は本気だよ。そもそも骨董店でも何でも、商売の始まりは路地の店だろう。地面にゴザか何かを引いてそこに商品を並べていたんだ。どこでも商売はできる」
「…………」
「私はやるよ」
黒岩は本気だった。「バズったら」という前提条件を馬鹿にされるだけかと思っていた白澤は、少し笑った。黒岩は本気だった。いつものように、何にでも。
白澤は嘆息した。
「まあ、そうなったら俺も給料分は頑張りますよ。行列の交通整備くらいはできます」
「…………んんーっ! ありがとう白澤くんっ!」
「ボディタッチはやめてください。時代錯誤です」
「あっごめん」
そして黒岩は、閑古鳥が鳴いているのをいいことに、店の撮影を開始した。白澤は時々ガラスドアの外を眺めつつ、楽しそうな黒岩の背中も見守った。
店は平和だった。
二日後、黒岩は短い動画を投稿サイトにアップした。わくわくしながらパソコンに貼りついている黒岩を、白澤は遠い瞳で眺めた。
白澤の予想通り、一週間たっても再生数は59から動くことはなかった。
極少の再生数である。
無論コメントもない。
「……バズらなかったね」
「本当にバズると思ってたんですか?」
「君が言ったんだろう!」
わいわいと言い合いをする二人を、三人目の従業員、榛原笑子がほほえましく見守っていた。そして告げた。
「まあまあ、二人とも馬が合うみたいでよかったわねえ。昔からの友達みたいに見えるわ」
「馬は合っていません」
「えっ、合っていないのかい……? 私は合っているつもりだったんだけど……」
「錯覚です」
「あらあら」
微笑む榛原の隣を通り抜け、白澤は店の掃除を始めた。
今日もかげろう堂は静かで、閑古鳥で、白澤はその空間が好きだった。
ひとときの宿りの木陰に過ぎないとしても。
【おわり】