目指せ、伊勢弁マスター!


 カフェレストみさきに、おかじまだけでなくはるみつも来店し、賑やかな時間をすごしていた、ある日曜の昼下がり。
「ほんならけんちゃん、しあさってでお願いできる?」
 岡島から仕事のお使いを頼まれたけんいちは、ひとつうなずいてから言った。
「あしたあさって、ささって、しあさっての、しあさってですね」
「そうそう」と答える岡島の傍らで、空いたテーブルの片付けをしていたくにが「ささって?」とつぶやいた。
「どうしたん? 三國さん」
 三國の様子に気づいた充美が声をかけると、三國は「ええと」と口ごもる。
「大丈夫だよ、三國さん。あした、あさって、しあさってが一般的だから」
 健一の言葉に「え? ささっては?」と充美が驚くと、隣の晴人が「あー、それな」となんとも言えない笑みを浮かべながらアイスコーヒーを飲んだ。
「え? なになに、お兄ちゃん。ささってってべんなん?」
「伊勢以外にも使っとる地域はあるらしいけど、一部だけやな。県外行ったら通じやんよ」
「ほんとそれなぁ。俺も毎回確認するようにしてる」
 上京し立ての頃、友達との約束をすっぽかすという痛い経験の末に学んだことだった。ちなみに、友人とは謝罪後に方言トークで盛り上がり、むしろ仲良くなった。
「えー、めっちゃ面白いやん。私ずっと伊勢におるからそういうの知らへんわ」
 充美は地元の大学を卒業している。県外の学生も通ってはいただろうが、『ささって』に気づく機会はなかったのだろう。
「ほかにもなんかあるんかな?」
 充美の疑問に、その場にいる全員が「ふむ」と考える。
「私がよく気づくのは、『に』ですかね。『大丈夫やに』とか、『ええに』とか」
 三國の言うとおり、語尾に『に』がつくことがある。健一も上京して日が浅いころに「大丈夫やに」と言って友人から「に?」とつぶやかれたことがあった。
「俺んとこの母ちゃんがいっとったんは『つんつ』やな。『ひとつずつ』を『ひとつんつ』って言う」
「え? あきさんって県外出身なんですか?」
「おう。こくの人やで」
「遠いですね。よく出会ったなぁ」
 勝手なイメージだが、岡島はずっと地元にいたんだと思っていた。健一の考えがわかったのか、岡島は「俺はずっと伊勢やよ。母ちゃんとはお見合い」と答えた。
「俺は『もんで』やな。学生の時に『これこれだから』って意味で『そやもんで』って言うたら、そいつはかん西さい出身やったのに『もんでってなにそれ』って言われたわ」
「あー、伊勢弁って、関西弁とはまた違うんだってな」
「なんか、ちょっとゆっくり話すらしいよ。男がかわいこぶってもなんも得じゃないって言われたわ。知らんし」
「関西と違うと言えば、語尾に『な』をよくつけるらしいぞ」
 これは健一が学生の時、関西出身の友人に言われたことだった。彼らからするとなぁなぁうるさいらしい。
「そういえば、『ひやかい』って言って伝わらんかったことあったな。三國さん、意味わかる?」
 充美の問いかけに、三國はしばし逡巡した後、「冷たい、ですか?」と答えた。
「おぉっ! 大正解!」と声を上げる充美と一緒に、健一たちも拍手をおくった。
「ちなみに『ぬくたい』は暖かいの意味な。こたつが『ぬくたい』みたいな使い方するよ」
 充美の補足説明に、三國は「なるほど」と感心した。
「あ、思い出した。俺は『つる』だな」
 手をついて言った健一に、晴人が「机『つってー』やろ」と答える。掃除などのときに、机を運ぶ際、伊勢では『つる』というのだ。これも「え、釣りするの?」と聞き返されたものである。
「そういや私もバイト先で『えらい』って言うたら、『何が偉いの?』って言われたことあるわ。しんどい、疲れたって意味やのに」
「『えらい』ってそういう意味なんですね! 花江さんに『今日はお客さん多くてえらかったな』って言われるたびに、お客さんが多いことはいいこと、みたいな意味だろうかって不思議だったんです。大変だったってことですね、謎が解けました」
 目からうろこが落ちたという様子で喜ぶ三國を見て、外から地方へ入ってきた人の苦労をかい見た気がして、健一たちは申し訳なさといたわりの気持ちがこみ上がった。
「三國さん、今度からわからんことあったら気軽に聞いてな。私らも気をつけるから」
「いいんですよ。こうやって伊勢のことを知るたびに、私も皆さんの仲間になれたような気がしますから」
 三國の健気な言葉に、充美が「そんなんなくても、三國さんは商店街の仲間やよ~!」と声を上げる。その背後で、健一たちもそうだとばかりに大きくうなずいた。
「でも、こうやって改めて話してみると伊勢弁っていろいろあるんやね」
 充美のしみじみともらした言葉に、健一も「そうだな」と同調していると、隣の晴人が「あ、そうや!」と手を叩いた。
「せっかくやで、『伊勢弁クイズ』でもしてみよか。『あなたはこの伊勢弁の意味がわかりますか』みたいなやつ」
「ええなぁ。分からんかったら近くのじいちゃんばあちゃんに聞いてなっていうたら、いい感じに交流が生まれるんちゃうか」
 晴人の思い付きに岡島がのっかったことで、ぐっと現実感が増した。そのままふたりはクイズができそうなイベントがないだろうかと話を詰め始まる。
 そんなふたりを見つめながら、しあさってが三日後なのか四日後なのかを確認しただけなのに、まさかこんな流れになるなんてなぁと、健一は遠い目でほうじ茶をすすった。


やなぎみち散歩 番外 叫べ! 伊勢愛! 伊勢弁クイズ開催のお知らせ

 いつも柳道商店街をご利用くださり、ありがとうございます。
 十月十三日に行われる伊勢祭りにて、『伊勢弁クイズ』が開催されることになりました。会場は、柳道商店街イベント会場です。
 老若男女問わず、皆様のご参加をお待ちしております。会場にはサポートメンバーとして柳道商店街駐車場係員が待機しております。もし分からないときは彼らに聞いてみましょう!
 目指せ、伊勢弁マスター!

 ※駐車場係員でもわからない言葉があるかもしれません。その場合はもっと詳しい人を探してきますのでご容赦ください。

【おわり】