はじまり~語り部による前ふり~

「今日は見事な晴天ですなあ」
荷物を背負い直した旅人が畑仕事に精を出す女に声をかける。女は顔を上げ、腰を叩きながら満面に笑みをたたえた。
「ありがたいことだよ」
「カボチャですか?」
「ああ。晩生だ。そろそろ収穫なんだ」
「稲穂も見事ですね。黄金の絨毯だ」
旅人が肩越しに背後の田んぼを見ながら言うと、女はまぶしそうに目を細めた。
「絨毯なんて洒落た言葉だ」
「ご存じで?」
田舎は畳や板張りの家が多い。絨毯なんて高価なものを見ることもなく、話に聞くことさえなく生涯を終える者が大半だ。だから旅人は少しだけ驚いた。
「村長の家が建て替えたんだ。その時に火炎の国から仕入れたとかで、村中のもんを集めて披露したんだよ」
「それはそれは」
旅人は思わず苦笑を漏らした。高価で自慢の品を、皆に見てもらいたかったのだろう。村長が珍しいものを手に入れるたびに自慢するのは田舎ではよくある話だが、「触るな踏むな」と大騒ぎする姿が目に浮かぶようで少し同情してしまった。
「あんた、火炎の国の人か?」
「はい。風雅の国をぐるりと一周し、次は土福の国に行く予定です」
「はあ……そりゃすごい」
大陸にある五国すべてを回るつもりなのだと、旅人は暗に語ってみせる。「なんでまた」と感心と呆れが入り交じった顔の女に、彼は胸を張って答えた。
「語り部なんです」
「語り部」
「当代の祭神様と花姫様のことを話して回っておりまして」
その一言に、女の目が輝いた。
「祭神様と花姫様! 御殿の話が聞けるのか!?」
「ええ、ええ、その通りです」
旅人改め語り部がうなずくと、女は前掛けで手をぬぐってカボチャのツルを踏まないよう注意しながらも大慌てで歩いてきた。
「当代の祭神様は舞の名手だとか! 花姫様もそれはそれは器量よしで、お二人は仲睦まじいとか!」
「ええ、ええ。その通りで」
「五国が栄えるのも御殿にいる祭神様と花姫様のおかげだとか!」
「まさにおっしゃる通りで」
語り部は深く強くうなずいた。語り部として五国を回って十五年――どこでもそれなりに歓迎されていたが、どこに行っても〝大歓迎〟されるのは当代の祭神と花姫のおかげだ。皆、彼らの話を聞きたがるのである。
「さあさあ、こっちに! 村長の家に! 嬉しいねえ、祭神様と花姫様の話が聞けるなんて。村人を集めないと」
女の声が弾む。笑顔の大盤振る舞いだ。
「畑仕事はいいんで?」
「そんなの後回しだ! あんたの案内が先だよ!」
まるで語り部が逃げ出すのを恐れるかのように、女はいささか強引に道案内をしてくれる。ススキを持って走り回っていた子どもたちが見知らぬ旅人に気づくなり「どうしたの?」と駆け寄ってきた。
「祭神様と花姫様の話が聞けるんだってさ。さあ、みんなを呼んでおいで!」
女が急かすと、子どもたちは大急ぎで方々へ散っていった。旅の疲れを癒やして明日から――なんて言ったら、皆に文句を言われそうだ。村に滞在するあいだ、きっと何度も同じ話を催促されるだろう。呑気にそんなことを考えていると、田舎には不釣り合いなほど立派な建物に案内された。火炎の国によく見られるタイル敷きの玄関に木目も立派な広い廊下、村長自慢の絨毯を敷きつめたくだんの部屋に、出迎えた村長自らが招き入れてくれた。椅子や円卓も値の張るものばかりだ。豊作で村が潤い、村長の懐もおおいに潤ったのだと知れる。
「もちろんしばらく滞在されるんですよね?」
福福しい身ぎれいな村長が香り豊かな茶をすすめながら揉み手で尋ねてきた。美しく繊細な花の絵が描かれた、こちらもずいぶんと見事な湯飲みだった。割ったら一大事と、語り部は丁寧に湯飲みを持ち上げる。
「はい。三日ほどお邪魔する予定で……」
「もう一声!」
その合いの手はなんだ、と、語り部は茶をすすったあと苦笑いする。
「では、五日ほど」
「もう一声!」
まさか五日で満足しないとは――語り部は少しだけ身構えた。祭神夫婦の話を聞きたがる人々は多い。しかも最近、語り部の数が少しずつ増えているという噂だ。うかうかしていると他の語り部に先を越されてしまう。歓待を受けることを楽しみにしている語り部は、二番煎じを好まないのだ。
「い……一週間ほど、ご厄介になれればと」
これ以上は譲れないぞと内心で続けると、納得したのか村長は大きくうなずいた。
「もちろんですとも! 御殿の話はもちろんですが、都の話もうかがいたいんです。ずいぶんと往来が多いとか」
語り部はほっと息をつきつつ「ええ」と賛同する。
「都は賑やかですよ。何度か行ったことがありますが、今が一番賑やかです。古今東西あらゆる食べ物が集まり、反物も飛ぶように売れる。店は繁盛、飲めや歌えの大騒ぎです」
「祭神様のお膝元ですからねえ」
「どうですか、物見遊山に。今年の酒は格別らしいです」
語り部の一言に、でれっと村長の目尻が下がった。「いいですなあ、酒ですか」と顎を撫でている。これはだいぶいけるクチだ。もしかしたら、夕餉はうまい食事とうまい酒にありつけるかもしれない。
口元をゆるめていると、どこからかざわめきが聞こえだした。これはもしや……と耳をそばだてていると、女中が申し訳なさそうに居間にやってきた。
「旦那様、村人たちが集まってきています。御殿の話が聞きたいと……」
女中はちらりと語り部に視線をやった。
「せっかちなやつらですみません。なにせ田舎で、楽しみもなく……」
「いえいえ、いいんですよ」
語り部はこころよくうなずいて立ち上がる。玄関に向かおうとしたら、女中が中庭へと案内した。驚いたことに、広い中庭には入りきらないほどの村人が押しかけ、語り部を見るなり前のめりになった。皆、畑仕事の途中だったらしく、土埃にまみれている。子どもたちなどは、手に手に玩具を握っていた。
一人が手を叩くと、皆がいっせいに拍手をした。
語り部は、割れんばかりの拍手に目を閉じる。
祭神が伴侶を得、五国が豊かである証。
語り部は目を開け「では」と張りのある声で皆に語りかける。
「これよりはじめますのは、祭神天奏様の花嫁選びの一節――王稜五閣の花姫御殿、開幕にございます」
【おわり】