悦楽のソーセージまみれ弁当


 ケチャップで炒めたソーセージを、おかずスペースいっぱいに詰め込んだお弁当。それは子どもにとっての憧れであり、大人にとっては遠い昔に描いた夢の実現である。‌
 皮付きのソーセージは、包丁で斜めに細かい切込みを入れていく。油を引いたフライパンにソーセージを入れると、ジャーと雨が降るような音とともに、スモークされた肉の香りが立つ。ケチャップをたっぷり絡めて炒め、仕上げに黒こしょうを振りかける。‌
 油を(まと)って艷やかに光るソーセージの皮。斜めに入った切込みからケチャップが溢れんばかりにはみ出て、黒こしょうが点々と散りばめられている。‌
 赤く輝くソーセージをこれでもかと詰め込んだお弁当。なんて贅沢なのだろう。‌

 ただ、一週間連続のソーセージまみれ弁当は、さすがにどうかと思う。‌

 教務課の先輩である(つくだ)さんが、ここのところ一週間毎日、おかずがソーセージだらけの手作り弁当を持ってきている。‌
(たま)()さん、よく観察して、彼女のソーセージ弁当の謎を解くのよ」‌
「は、はい。(うめ)(ほし)さん」‌
 人のお弁当の分析が大好きな、弁当探偵の先輩職員梅星さんと共に、私は職場の中庭で佃さんの隣のベンチに座った。‌
 佃さんは一人で膝の上にソーセージ弁当を広げ、食べながらスマホとワイヤレスイヤホンで推しのアーティストのライブ動画を視聴している。私達の会話は聞こえていないようだ。‌
「どうして佃さんは、毎日お弁当に大量のソーセージを入れてくるようになったのかしら。それも最近になって急に」‌
「ソーセージの美味しさに突然気づいたからじゃないですか?」‌
 私の知恵ではこの程度しか思いつかず、いつものように梅星さんに(いっ)(しゅう)される。‌
「やっぱりあなたの推理は甘すぎるわ。まるで(たい)(わん)ソーセージのようね」‌
「た、台湾?」‌
 聞いたことも食べたこともないのだが、本当に甘いのだろうか。そんなことを考えている間もなく、梅星さんはソーセージ弁当について考察を始めた。‌
「仮に佃さんがソーセージにハマっているなら、もっと色々な調理法を試したくなるはずよ。毎日同じケチャップ炒めじゃなくてね」‌
「えっ、ソーセージって焼く以外に調理法があるんですか?」‌
「ありまくるわよ。私のイチ押しは、とろけるチーズと一緒に春巻きの皮で巻いて揚げるレシピね」‌
 梅星さんいわく、一口(かじ)れば、カリッと揚がった春巻きの皮と、パリパリのソーセージの皮、二種類の食感が一度に楽しめる。それとともに、中からはとろけたチーズと肉汁が溢れ出す。想像しただけでよだれが出てきそうだった。‌
 さらに、梅星さんの推理は続く。‌
「それに佃さんがソーセージに興味を持ったなら、色々な種類のソーセージを買うんじゃないかしら」‌
「確かにそうですね。例えば赤ウインナーはお弁当の定番ですし、ハーブが入ってるようなのも美味しいですよね」‌
「最近は刻んだ野菜やチーズが練り込まれてるものなんかもあるそうよ」‌
「へーっ」‌
 しかし、佃さんのお弁当に入っているのは毎日、オーソドックスな皮付きソーセージ。彼女がソーセージに興味を持って探究しているという線は薄そうだ。‌
「私の見たところ、佃さんのお弁当に毎日入ってるソーセージあの長さと形状は、集英ハムのポーク(あら)()きウインナーに違いないわ」‌
「う、梅星さん、凄いですね。見ただけで判別できるなんて」‌
 私なりに()めようとしたのだが、梅星さんは突然「ちょっと待った!」とそれを制し、自分のスマホを手に取った。謎を解く手がかりを思いついたらしく、(すさ)まじい速さで指を動かし、何かを調べている。‌
 そして目当てのものを見つけると、ぴたりと手を止めて満足そうな笑みを浮かべた。‌
「なるほど。佃さん、なかなかニク(・・)いことをしてくれるじゃないソーセージだけに!」‌
 いつも推理するときと同じように、食べ物にちなんで上手いこと言おうとする梅星さん。だけど、本当に佃さんのソーセージ弁当の秘密がわかったのだろうか。‌
 訝る私に、梅星さんはスマホの画面を見せてきた。表示されていたのは、佃さんが食べている集英ハムのポーク粗挽きウインナーの商品ページだった。‌
〈ウインナーを食べて当てよう! 対象商品のバーコードをハガキに貼って送ってね。‌
抽選で300名様に、スイート・ソイソースとのコラボグッズをプレゼント!〉‌
 私は画面の文字をざっと読んだ後、改めて隣のベンチにいる佃さんに目をやった。‌
 スイート・ソイソース。それは佃さんが今スマホとワイヤレスイヤホンでライブ鑑賞をしている、彼女の推しのアーティストに他ならなかった。佃さんはコラボグッズを手に入れるために、キャンペーン期間中、集英ハムのウインナーソーセージをできるだけたくさん買って食べようとしていたわけだ。‌
「食品のキャンペーンって、どうしてこんなに心が(おど)るのかしらね。美味しいものを食べて、そのうえプレゼントを(もら)えるチャンスまであるなんて」‌
「はは、そうですね」‌
 謎が解けて、すっかり(えつ)に入っている梅星さん。‌
 お腹がきゅるると鳴り、私もようやく自分のお弁当を広げた。そして、明日は梅星さんに教えてもらったソーセージと春巻きの皮のレシピに挑戦してみようかな、なんて思った。‌

【おわり】‌