あたしの友だちは訳ありバイト中
しとしと、今日も鬱陶しい雨が世界を暗くしている。
あたしは雨の日が好きだ。普通の女の子はソックスが濡れちゃうとか、湿気でヘアスタイルがキマらないとか言うけれど、あたしはそういうのがよくわからない。むしろ、雨の日ってあやかしとか幽霊とか、あたしの大好きなものたちが水を得た魚みたいになって、元気を増しているんじゃないかと思う。
とはいえ、あたしはまだ本物のあやかしも幽霊も、一度も見たことがないんだけど。
「夏凛、おはよー!」
教室に入って声をかけると、友だちの真鍋夏凛がにこっと手を上げた。あたしはさっそく夏凛の隣に腰掛ける。
「ねえ、この前の日曜日、どうだった?」
「どうって……ああ、風水鑑定のこと訊いてる?」
「他に何があるのよ」
夏凛がちょっと困った顔をする。
夏凛は下北沢に事務所を構える、あやかし退治ができる風水師、安倍清長さんのところで助手のバイトをしている。時給はたった三〇〇円らしいけれど、あたしからすればお金に代えられない素晴らしいバイトだ! 風水鑑定に行くたび、いろんなあやかしを退治できちゃうなんてすごすぎる。あたしも助手になりたいくらい。
「お客さんのことをひとにやたらと話すなって、清長さんにも言われてるからなあ……」
「ああ、守秘義務ってやつ?」
「そうそう。お客さんはみんな、誰にも言えない悩みを勇気を出して打ち明けてくれてるわけだし」
「うううう。でも、あるでしょ? 話していいようなことも」
食い下がると、夏凛はちょっと考え込んだ後、声をひそめて言った。
「昨日の家は、座敷童が出たよ」
「座敷童!!」
座敷童って言ったら、古くから伝承として伝わる有名な妖怪のひとつじゃないか。座敷童が出る家には幸福が訪れるなんて話もあるし、部屋に座敷童が出ることで有名になって、予約が殺到する旅館もあるくらい。
夏凛はあきれたように言った。
「香耶子って本当にあやかし好きだよね……他に趣味とかないの?」
「そんなの作る必要ある? おしゃれしたり推しにハマったりするより、あやかしのこと調べるほうがよほど有意義な時間だと思うけど。というか、そう言う夏凛こそ趣味なんて特にないじゃん」
「う、うるさいなあ」
痛いところをつかれたのか、夏凛が眉をひそめる。そりゃ、あたしも自分がちょっと普通の女子高生と違うことは自覚している。今だって、教室を飛び交うのはおしゃれのことや推しのこと、彼氏の話ばっかり。高校二年生になってもあやかしだの幽霊だのに熱を上げているあたしは、周りからちょっとした変わり者だと思われ、距離を置かれている。別にいいけど。
「ねえねえ、座敷童、どんな感じだった? 定番のおかっぱに和服?」
「いや、髪型は香耶子が想像しているとおりだけど。服は和服じゃなくて、普通の子ども服だよ。私じゃなかったら、人間の子どもだと勘違いしてもおかしくないんじゃないかな」
「へええ。で、その座敷童はちゃんと家に幸運を呼び込んでた?」
「そういう感じじゃなかったかな……いろいろ、問題のある家だったから。その座敷童がいる事情っていうのもかなり特殊だったし」
「特殊、ねえ」
夏凛がそれ以上話してくれそうになかったので、あたしも黙る。いくらあたしだって空気は読めるし、「問題のある」家のことを根掘り葉掘り聞くほどデリカシーに欠けてるわけじゃない。
でも、ああ、それにしても。
「ああ、夏凛めちゃくちゃ羨ましい! 清長さんの助手になれるってだけでもすごいのに、あやかし見えるとか! なんで夏凛に見えて、あたしには見えないのよおお」
「ちょっと香耶子、落ち着いて。てか声、大きいし」
あわてる夏凛。近くで話していた女子二人組がこちらを振り返ってる。こほん、とわざとらしく咳払いをした。
「ごめん、夏凛」
「いや別にいいけど」
「あーあ、あの時やらかしたのが夏凛じゃなくてあたしだったらなー。そしたらあたしも今頃清長さんの助手に…….ううう、後悔してもしきれない……!!」
「大丈夫だって。香耶子はあやかしとか幽霊とか宇宙人とかUMAとか、大好きじゃん? そんな香耶子なら、いつかあやかしぐらい、見えるようになるって」
「ほんとにそう思う?」
じとっとした視線を夏凛に送ると、夏凛は目を逸らしてうなずいた。
「う、うん、たぶん……」
「何それ。絶対そう思ってないでしょ? ああひどい、夏凛は自分があやかし見えるからって、見えないあたしの気持ちなんてぜんぜん考えてないんだ。夏凛の薄情モン」
拗ねると、夏凛はぶんぶん首を横に振る。
「そんなことないって! 香耶子がどれだけあやかしが好きか、私はよく知ってる! だからほんとに、香耶子が将来あやかし見えるようになれたらいいなって」
「うーん。どうしたら見えるようになるんだろ?」
「それは……私に訊かれても」
「です、よね」
大きくため息をつくあたしとそれを見守る夏凛。窓の外は相変わらず梅雨らしいじっとりとした雨が降り続いている。
こんなあやかしが喜ぶ素敵な雨の日に、たとえば河童と出会えちゃったりしたら楽しいんだろうな。芥川龍之介みたいに、河童の国とか連れて行かれちゃった日には、もう小躍りしちゃう。いやもうこの際河童でも座敷童でもなんでもいい。生まれてきたからには一度くらい、あやかしを見てみたい。
「あたし、絶対あきらめないからね。なんとかして、夏凛みたいにあやかしが見えるようになってみる」
そう言うと、夏凛は苦笑まじりにうなずいた。
「願望自体があまりに特殊だからどう言っていいのかわからないけど、とにかく、応援してる」
「ん、ありがと」
そこでチャイムが鳴り、朝のHRがはじまる。
夏凛にずいぶん出遅れてしまったけれど、あたしは絶対あきらめない。あやかしに惹かれて早十数年。周りに子どもっぽいとかイタイとか言われても、好きなものは好きなのだ。あやかしになんの興味もない夏凛が見えて、あたしが死ぬまで見えないとかありえない。
いつか絶対に、自分の目であやかしを見てやる!
教師の話を上の空で聞きながら、机の下で拳のなかに決意を握りしめた。
【おわり】