はじまりは、彼のひとりぼっちの空の下

ありがとう! 集英社オレンジ文庫9周年フェア『アオハルの空と、ひとりぼっちの私たち』(櫻いいよ)スペシャルショートストーリー


 じわっと暑い空気が、屋上に充満している。‌
 コンクリートによって空気が熱されているからだろうか。そんな屋上の、より高い(とう)()の上で寝転がって太陽に顔をしかめながら過ごしている俺もどうかと思うが。‌
「ああ、あちい」‌
 毎日見ている空を仰いでいると、無意識に声が漏れる。‌
 六月だからと長袖を着てきたのは失敗だった。教室に戻ろうかとも考えたけれど、こんなふうに堂々と授業をサボれることは滅多にない。‌
「打ち上げでお酒飲むとか、ばっかじゃねえの」‌
 ふは、とばかにした笑みを零す。‌
 先日あった体育祭のあと、クラスメイトのほとんどが打ち上げに参加したという。そこでお酒を飲んだことがバレたらしく、全員仲よく停学処分を受けたのだ。一学年一クラスしかないようなこんな田舎でお酒を手に入れようとすれば、大人に見つかるのは当たり前だというのに。‌
 その結果、打ち上げに参加しなかった五人だけが処分を(まぬが)れて、今日から三日間、五人だけの授業が行われることになった。といっても、担任は大量のプリントを押しつけてあとは勝手にどうぞと教室を出ていったのだが。そして、これ幸いと俺はすぐに屋上で昼寝をすることにした。‌
 が、暑くてちっとも眠れやしない。‌
 昨日遅くまでゲームをして寝不足だというのに、うつらうつらしては寝苦しさを感じて意識が現実に引き戻される。‌
「せっかく教室から堂々と抜け出せたってのにな」‌
 (うめ)くように呟いてから、ああ、でも今日は教室にいてもよかったのかも、と思い至る。普段は俺をいないものとして扱うクラスメイトが詰め込まれていて、あの場所にいると息苦しさを感じるけれど、今は俺を除いて四人だけなのだから。‌
 俺の噂をまったく信じず、たったひとり以前のように俺に接してくる(そう)()(ろう)に、ややこしい両親のいる無口な(ひら)(おか)、おとなしい(ゆえ)にいじめられっ子体質なお人好しの(わか)()。そして、高校からこの町にやってきた転入生。‌
 見事にクラスの中で若干浮いている存在が揃ったなという感じだ。‌
 いや、転入生はそうでもないか。教室での振る舞いを見ている限り、幼少期からほとんど顔ぶれのかわらないクラスメイトたちにかなり馴染んでいるように思う。それなりに気を遣って振る舞っているのだろうが。打ち上げに参加していないのも、誘われたけれどもなにか理由があったのかもしれない。‌
「よくやるよな」‌
 あいつらはみんな簡単に手のひらを返す、そんな連中ばかりなのに。‌
 誰かの悪口を言ったり、誰かを責めたりすることのなかった(むら)()がすべてを俺のせいにしたのに、それを信じた。俺がどれだけ違うと言っても信じなかった。‌
 以前は友人だと思っていた。だからこそ、反動ですべてがどうでもよくなった。‌
 友だちと呼べる奴らなら、学校の外にいる。ここだけが俺の世界じゃない。‌
 そう言い聞かせて、胸にある小さな(すき)()(かぜ)(ふた)をする。‌
 他人や環境に大なり小なりの不快感や不満を抱くのは、雨が降ったり太陽が隠れたりするのと同じで、俺にはどうしようもないことだ。‌
 空が、天気が、くるくると無限にかわる。‌
 それに振り回されるのは、馬鹿馬鹿しい。‌
 俺の世界は、この空の下にある。空さえあれば、それを見上げる俺がいる場所が俺の世界になる。‌
 そんなことを考えていると、‌
「すっごいなあ」‌
 と、誰かの声が聞こえてきた。いつの間にか屋上にやってきた奴がいたらしい。知らず知らずのあいだに寝ていたのか、全然気づかなかった。‌
 声の主が誰か確認するためにもぞもぞと体を動かし塔屋から顔を出すと、転入生がすみに座ってスマホを眺めていた。お弁当を広げているが、箸は止まったままだ。‌
 その表情はひどく沈んで見えた。‌
 普段教室では明るく振る舞っている転入生の、(かげ)り。いったいなにがあったのか。なにを思ってそんな顔をしているのか。‌
「陰気な顔してんだな、転入生」‌
 思わず、声をかけてしまった。‌
 俺の声に転入生は「へ?」と言ってきょろきょろとまわりを見回し、俺の姿に気づくと目を丸くする。‌
「スマホ見てつまんなそうにするなら見なきゃいいのに」‌
 体を起こして転入生のそばに降り立った。転入生は俺の言葉にむっとしたのか、眉間に(しわ)を寄せる。‌
「どうせ仲よしごっこでもしてるんだろ」‌
 そんなことしたって無駄なのに。そう心の中でつけ足す。‌
(おお)(きた)くんには関係ないでしょ」‌
「図星なんだろ。文句があるなら言えよ」‌
「人を傷つけることに抵抗のない人だったら、思ったこと全部口にできるんでしょうね」‌
 不機嫌なのを隠そうとせずにぷいとそっぽを向いて転入生が言った。‌
 あまりにわかりやすい転入生の言動に、「ぶは!」と噴き出してしまう。‌
 こんなふうに学校でクラスメイトと話したのはいつぶりだろう。俺から話しかけることもなかったし、話しかけても無視されていたはずだ。でも、今俺は、転入生と向き合って会話している。‌
 それを楽しいと、うれしいと、俺は感じている。‌
「あんたけっこう負けず嫌いだろ。教室では猫かぶってんのか」‌
 くつくつと笑いながらそう言うと、転入生はぎゅっと眉間に皺を寄せて俺を(にら)む。‌
「なんなの、嫌みを言うためにわたしに話しかけてきたの?」‌
「暇だから話し相手になってもらおうかと思って」‌
 いやですけど、という彼女の心の声が聞こえた気がした。思っていることが顔に出すぎている。ますます、転入生に興味が湧く。彼女ともう少し、話をしてみたい。‌
 どうせ今日から三日間は、五人だけだ。‌
 まわりの目も声も、俺たちには届かない。‌
 なら、ちょっとくらいやりたいように振る舞ったって、いいんじゃないか。‌
「ななちゃん」‌
 転入生の名前を聞いて俺がそれを口にした瞬間、転入生ななの頬がほんのりと赤く染まったのを、俺は見逃さなかった。‌
 五人のひとりぼっちたちだけの、三日間が、はじまる。‌
 空を見上げると、なぜかさっきよりも透き通って見えた。‌

【おわり】‌